本書は、一歩先んじて、企業と労働者、とりわけ、ホワイトカラー
受難の時代が始まった米国の実情分析に始まり、わが国の雇用、労働の
悲惨な現状を深く、しかも、広く分析して、崩壊した中流階層の今後の
行く末と労働を考察した力作です。
本書には、米国の悲惨な実態、そしてわが国の長時間労働、名ばかり管理職、
過労死、派遣義理、正規社員なのにリストラ、雇用調整、実態は男女差別が
依然として普通に存在する企業労働環境などを、豊富な文献、研究、引用、
統計を駆使して、その実像を浮き彫りにしていますが、ここまでさまざまな
テーマを見せ付けられると、「いったい、働くとはどういうことなのか」を
新ためて考えさせられてしまう。
少なくとも、生まれてきて今日まで、私から見えている範囲の社会制度で
は、企業組織と個人は雇用関係を築き、ある意味、企業は個人を取り込んで、
企業の戦略、「人財」としての貴重な経営資源であり、一方、個人からすれば
一定の給与を「保証」され、組織の一員として自己実現と組織への貢献という
いわば両者のよい相互作用の関係で、社会はなりたっていた「はず」でした。
しかし、もうそういう古きよき状況は崩壊し、一度崩壊したシステムは、
おそらくまったく同じ状態に回帰することはない。
であれば、悲惨な事例があちこちに散見され、下流転落し、生き死にのレベルで
人生が脅かされる状態にある、この世界、日本というシステムで、いったい
我々個人はいかにして、経済の中で、金銭を得、仕事を行い、生活をして
いけばいいのか?
本書を読み、完全に破壊された、「つつましい幸せ=中流生活」の喪失と
企業と個人との「人間的な関係」の消失、さらに、労働の社会のルールたる、
労働基準法や監督当局の崩壊の予感にまで踏み込み、これらを深く知るにつれ、
心の底から、そら恐ろしくもなり、かつ、人間の幸福とは一体何なのか?
そこまで、深く深く考えこんでしまいました。