多くの人は本書の題名を見て、趣旨がよくわからなかったと思う。ベーシックインカムだって社会保障の一形態ではないの? この二つを対立的に扱うって何?
中身は山森と橘木の対談だが、中身を読んでも別に両者は対立しているわけではない。山森はもともとベーシックインカム屋さんだし、橘木もベーシックインカムつき社会保障みたいなのを提言しているので、特に対立点があるわけでもない。これについては、巻末のあとがきで山森も言い訳をしている。
このため、内容は似たような話の中での細かい流派確認のような話にとどまる。お互いに大変に居心地のいいところでにこやかに談笑しているだけ。この分野についてある程度知っている、セミ専門家でもなければおもしろくない内容となっている。このため、対談という形式が有効に機能していない。話すうちに議論が深まって新しい方向性が出てきたり、あるいは両者の相違が浮き彫りになる、というのが対談形式のよいところだが、本書はそういったよさが出ず、むしろ全体を間延びさせる
あと、現在のようにデフレで景気低迷していて経済がジリ貧の中で、こうした議論はだんだん縮小するパイをどう切り分けるかという話にしかならない。もちろんパイの切り方はそれなりに重要だが、現状だとどんな救済策を採っても先がないのでは? 格差を問題視する場合、成長との関わりをもっと真剣にやるべきでは? 本文中で引用されているクルーグマンなどは、格差を縮めるほうが経済成長をしやすいという議論をある程度まじめにしているんだが。
本書はそれができていない。そこらへんの漠然とした危機意識は、一章で新自由主義が成長につながったかという議論に対する煮え切らない双方の態度に反映はされているが、きちんと考えられないまま終わってしまう。本来は成長=格差増大ではないし、また格差=貧困増大でもないのだけれど、この種の社会福祉論者たちは常にここをあいまいにして、なんとなくこの二つの等号がなりたつかのような議論を展開する(でもつつかれると、そうは言っていないと強弁する)。本書もその例外ではない。