著者は新聞記者だ、それも大手の。 とくれば、社内では管理部門への昇進を目指し、取材へは社旗を立てた黒塗りハイヤーで向かう姿が想像できるが、著者はそのイメージを覆し、釜ヶ崎の野宿者のブルーシート作りのテントで3泊し、夜中の空き缶集めを手伝ったり、隅田川の橋の下で野宿キャンプアウトに参加している。
かつて鎌田慧が期間工として働き、『自動車絶望工場』を執筆したが、フリーでなく大マスコミ記者に、そのような心を持つ記者がいたことに驚いた。
社内では、「ヨゴレがヨゴレを取材している」との声や、自己責任を盾に書いた記事を批判されたこともあったようだが、生活保護申請に身分を明かさず立会い、現場で涙する目線から生み出される、涙と怒りの入り混じった、血の通った文章が読み手の心に響く。
ワーキングプアは、安易に仕事を選び努力してこなかったから、シングルマザーは、自立できないのに自分で離婚を選択した、多重債務者は金にだらしない、生活保護受給者は、働かずに安易に保護を受けているのだから、最低限の生活で当然だ、障がい者は、賃金が安くてもしょうがない・・・・救う側の行政ですら、ビル・道路など都市作りの工事が終わったのだから、出てきた田舎に帰って農業しろ、と社会的責任を投げ出す。
また、本人も自分が悪いのだと、“自己責任”の呪縛に縛られ、過度に自分を追い詰める。
派遣法の規制を骨抜きにし、必要な時に必要な数だけ労働力を機械の様に扱い、不況になれば切り捨てる経営を行う企業が、果たして社会的責任を果たしていると言えようか。
本書は、不当解雇・過労鬱(自死)など様々なケースを少しずつ紹介しているが、正社員である読者も自分がリストラ・倒産・病気や事故で中途障がいを負ったりした時を想像してほしい。
その時に、「そんな運命だから仕方ない」と諦め切れますか?
私たちがやらねばならぬ事は、大同団結している企業・政治に対し、手を取り合って「もうたくさんだ!」と抗議し続ける事や、不買運動をしてでも、自分が企業を利する“加害者”にならず、人としてのルールを守らせる事だ!!