先ず、本書について、私は「★印」をさらに5つ追加したいぐらいである。それほど素晴らしい内容の講演集である。この新書は1997年から2000年にかけて行った4本の講演論文をオリジナル編集したもので、アマルティア・セン博士の卓絶した政治=経済哲学がよく反映されており、博士の思想に初めて触れる人には最適の入門書と考える。なお、本書においても当然、「潜在能力(capability)」など博士の思索に基づく主要な概念が鏤められているが、「人間の安全保障(Human Security)」に関しては、2006年1月、同名の書(集英社新書)が出版されており、そちらの小論集で深めることが出来るだろう。
さて本書では、例えば、市民的自由(権利、―からの自由)、政治的自由(権利、―への自由)と民主主義が人間にとって「普遍的価値(universal value)」をもつものであることを説述し(これらは他書で、厳密に論証されている)、これらの諸権利が飢饉や貧困を始め「経済的・社会的災害全般を防止する積極的な役割を担う」(本文)ことを訴えている。取り分け、民主主義の価値は「地域性がない」(同)とし、東南アジアの一部指導者などが語る権威等に偏重した「アジア的価値(asian value)」を鎧袖一触するとともに、自由や寛容の精神が決して西欧の専売特許でないことも、インド等の歴史を遡行しつつ強調するなどしている。加えて、セン博士の人と思想をコンパクトにまとめ上げた訳者の大石りらさんの解説が非常に良く、見事な光彩を放っているのが本書の特徴だ。
最後に、この講演論文は新書版で読みやすく、特に高校生や大学生には、アジア初のノーベル経済学賞受賞者(1998年度)で、現代アジア最良の知識人と言って良いセン博士の嶄然とした思想を是非感じとってもらいたいと願っている。