本書は、最近1年あまりの間に、いくつかの雑誌媒体に発表された、吉本の最新インタビューをまとめたもの。最後の1本のみ未発表で、インタビュアーはすべて高橋順一という人。
最近、共産党の入党者が増え「アカハタ」の購読者も増えているだとか、「蟹工船」がベストセラーになっているとかいうニュースを耳にするが、本書の最大の目玉は、吉本隆明は今のこの情況をどのように分析しているか、にある。とくに、「蟹工船」ブームをどう評価しているのか。
実は私は、吉本さんは現在のこの情況を否定的に、つまり、いまどき「蟹工船」なんて読んでも仕方ない、という風に吐き捨てるものだとばかり予想していた。
しかし、予想に反して、けっこう肯定的に捉えているのには驚いた。吉本さんは、80年代後半から90年代初め頃、「ハイ・イメージ論」などで、現在日本の大衆の9割が中流意識を持っているから、外挿の理論を用いれば、そのパーセンテージはどんどん増えていくだろう、みたいな無責任なことを書いていて、どうしても納得できなかったことを思い出す。
あれから二十年近くたって、むしろ、現在は「格差社会」と呼ばれ、ニートやフリーターが急増している。
まあ、中期的に見れば、吉本さんの情況分析は大ハズレだったわけだが、いつの間にかそれを軌道修正していらっしゃる。
ま、それはともかく。現在を「第二の敗戦期」と捉える吉本さんの分析は、久しぶりに自分の生活実感とフィットするなあ、という印象を持った。
それから、新訳がベストセラーになっているというドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を再読しようとしていることも、ちょっと驚きだった。
ためになる知見があちこちに散らばっているが、個人的には−−「蟹工船」がブームになるのは、現代の作家が現代の「蟹工船」を書けないでいるからだ、という鋭い指摘と、「言葉の本質は沈黙にあるということ」という哲学が一番、お腹に堪えた。
本書に収められている一番長いインタビュー「肯定と疎外」は、昨年夏の「現代思想」吉本隆明特集に掲載されていたものだが、私は、そちらの方のレビューでは「寂莫たる想い」と否定的評価をしておいた。
しかし、本書で、他のインタビューと通して再読してみたところ、また違う印象というか、...これが、80代の吉本隆明の肉声なのだな、と妙に自分の中での評価が変容してきたことを付け加える。同世代の三島由紀夫も安部公房もとっくに鬼籍に入っているのに、吉本さんはまもなく85歳になろうとしているのだ。
最後に。
そのインタビューの中で、高橋順一はミシェル・フーコーとの対談年を1982年と誤って話しているし、彼の手になる注記でもそのように誤記している。正しくは1978年だし、その対談を収めた「世界認識の方法」が出版されたのも、1982年ではなく1980年だ。雑誌掲載時に誤ったまま、本書でも訂正されていない。