まえがきによれば、まず谷崎の79年の生涯の詳細な年表が作成され、本書はそれに基づいて書かれている。一冊まるごとが谷崎年表と言ってもいい。小谷野氏は、谷崎の場合、似たり寄ったりになりがちな作品論を盛り込むよりも、人生そのもののほうが伝記としてずっとおもしろい、と書く。まさにその通り。谷崎という人がもう破天荒におもしろいから、事実を並べるだけで、お腹いっぱい!
松子夫人の死後、松子と谷崎の紡いできた共同幻想が崩壊し、夫婦の生々しい現実が次々に明るみに出たことは、伊吹和子著「われよりほかに」や「瘋癲老人日記」のモデル渡辺千萬子との往復書簡本で知っていたが、本書でもそのことが補強される。殊に二番目の夫人であった古川丁巳子についての詳細な記述はおもしろく、彼女が脇役どころか、他の女性たち同様、崇拝され、谷崎文学の源泉と期待され、そして実に谷崎流に絶縁されたことは(とても気の毒だけど)興味深い。別項で、自分の弟妹に冷淡であったと思われていた谷崎が、いかに彼らに尽くしてもいたか、また男の友人たちとのつきあい方は、など意外な面々がまとめられているのも楽しい。
小谷野氏は「異端者の悲しみ」など初期作品で語られる天才の自意識などに共感したと言うが、ワイドショー的興味を馬鹿にせず、それでいて古典その他について細部に渡り徹底的に調べ尽くす感性もなかなか谷崎似だ。膨大な資料にあたり、取材を重ねたことによって浮かび上がる谷崎の素顔は、まさにワイドショーの主役そのもの。ヒロイックな周辺女性たちの手記や書簡が「女性公論」的に平面的な谷崎絵を描いたとすれば、本書は家系図多用でワイドショー的に立体的な谷崎像を築いている。併せ読むと楽しい。