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本書は,議論の初心者が,相手の発言の内容を分析できるようになるために,議論の分析ツールとして世界中で利用されている「トゥールミン・モデル」と,その図式を使って,議論の基本的なルールをマスターするように導く入門書です。
本書では,議論の上級者も使っているトゥールミン・モデルの説明が,具体例を使って,やさしく,しかも,詳しく説明されているので,本書の入門編(議論のルール・その1),初級編(議論のルール・その2)中級編(「論拠」の発見)をしっかり読み,各章の終わりにある練習問題を解いていくと,自然にトゥールミン・モデルをマスターすることができるようになります。そして,本書を終えた次の段階,すなわち,議論の中級者,議論の上級者へと進むことが容易になります。
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本書で取り上げられているトゥールミン・モデルとその図式
Stephen Toulmin,"The Uses of Argument",1958/2003 p.92)は,今や議論を分析するツールとして世界基準となっているにもかかわらず,この名著は未だに日本語に翻訳されていません。
確かに,これをわかりやすく説明した最高級の教育手引き書として,
井上尚美『言語論理教育入門−国語科における思考−』明治図書(1989)があり,すべての人に推薦できる良書なのですが,この本は,現在では入手が多少困難です。
また,本書の付録3には,
足立幸男『議論の論理:民主主義と議論』木鐸社(1984)が紹介されていますが,この本は,初心者には少しレベルが高く,しかも,トゥールミン図式の一部に誤りがあるのが難点です(本書113頁の図3もこの誤りを受け継いでいるのが惜しまれます)。
初心者には難しいかもしれませんが,トゥールミン図式を厳密に理解するためには,大切な点なので,誤りだとする理由を簡単に説明しておきます。
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上記のトゥールミンの原著『議論の論拠の用法』では,反証(Rebuttal)から上に伸びる線は,限定語(Qualifier)に向けられています。これによって,反証(Rebuttal)とは,根拠(Data)を認めつつ,別の論拠によって主張(Claim)を否定するものであるという,反証(Rebuttal)の意味が正しく位置づけられています。
限定語(Qualifier)
必ず,特別の事情がなければ,多分
↓
根拠(Data)―――――――――――→ 主張(Claim)
↑ ↑
なぜなら(since) ただし(unless)
論拠(Warrant) 反証(Rebuttal)
↑(because)
裏付け(Backing)
ところが,上記の足立『議論の論理』や本書の図(113頁)では,反論(Rebuttal)から上に伸びる線が,直接に,主張(Claim)に向けられてしまっています。これでは,「反論」は,単に,主張(Claim)を否定しているだけのことになってしまい,根拠(Data)を認めつつも,主張(Claim)に対して論拠(Warrant)を覆す別の論拠(元の論拠の「但し書き」に該当する)をもって否定するという本来の反論(Rebuttal)の意味と位置づけが曖昧になってしまいます。
次に述べるように,本書の特色が,根拠(Data)と論拠(Warrant)との違いと同時に,それらの密接な関係を見事に解明しているだけに,論拠(Warrant)と反証(Rebuttal)との関係について,このような足立『議論の論理』の誤りをそのまま受け継いでいるのは非常に残念です。本書の評価が少し低くなっているのは,以上の理由によります。
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そうとはいえ,本書の説明は,類書に比べて非常にわかりやすく丁寧に説明されているので,初心者のレベルであれば,世界基準としてのトゥールミン・モデルとその図式をうまく使いこなすことができるようになると思います。
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本書の特色は,トゥールミン・モデルのなかで,その関係が問題とされる「根拠(データ)」と「論拠(Warrant)」の違いの説明に多くのスペースをとっており,特に,根拠(データ)と論拠(Warrant)との間には,密接不可分の関係があることを明らかにし,この点に蘊蓄を傾けています(中級編)。
例えば,筆者は,「根拠(データ)」と「論拠(Warrant)」との関係を「根拠(経験的事実(データ))収集が孫悟空なら,その背景となる論拠は,三蔵法師といったところです」(132頁)というように,興味深い比喩で説明しています。さらに,日本人が説明の冒頭でよく使う「やはり」とか,「やっぱり」という言葉は,実は,トゥールミン・モデルの「論拠」という「暗黙の仮定」と深く関係していることを明らかにしています(142-160頁)。
なお,データと論拠との関係について興味を持った人は,「演繹推論」と「帰納推論」と「発見の推論(アブダクション)」との違いを明らかにしている
米盛裕二『アブダクション−仮説と発見の論理』勁草書房(2007)を読むとさらに知識が整理されると思います。
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本書を読み終えた人は,同じ著者による
『議論のルール』NHKブックス(2010)で,もう少し複雑な議論の実例(余りいい実例とはいえませんが)にチャレンジするのも悪くないでしょう。
しかし,さらに議論の技術のレベル・アップを目指す人は,ネット上のドロドロした議論の典型例を挙げながら,優れた人間観察と,伝統的な哲学とを駆使しながら議論のルールの形成に挑戦している
岩田宗之『議論のルールブック』新潮新書(2007)を読むことをお薦めします。
そして,仕上げには,本書でも紹介されている
香西秀信『反論の技術〜その意義と訓練方法』明治図書(1995)で訓練を積むのがよいでしょう。
そうすれば,本書が議論の技術のうちで,最も重要な「基礎」を明らかにした貴重な本であることを,改めて実感することができると思います。