勤務する大学で石原千秋氏が村上春樹を講義しているのをなにかで目にしていたので、いつかこういう本がものされるとは思っていましたが、新書だとは思いませんでした。現時点での中間報告といったところでしょうか。しかし正直、氏の著作が出されるたびに手にし、そこから多くの示唆や刺激を受けつつも、最近少しずつ違和感を覚え始めていました。それはたとえば、本書の題名の由来になっている江川卓氏の「謎とき 罪と罰」が「読み」の提示はもちろんありつつも、キリスト教その他にまつわる知識の教示も多く含まれていたのに対し、本書はテキストの性質によるところも大きいですが、ほぼその「読み」に終始していることに関係しています。自分が村上春樹の良い読者かどうかは自信がありませんが、その作品を楽しんできた自負はあります。そして、僕のような読むだけの読者がつい見逃しがちな細部や、それに結果する作品の構造を、本書はたいへんわかりやすい形で提示してくれます。しかし、その構造性ゆえに読者は村上春樹の作品を手にするのではないということです。しかし、こう書いてしまうと、「そんなこと思う奴は、『イエローページ』でも読んどけ」といったお叱りを受けるかもしれません。ただ、本書で氏も述べているように「完全に読み解かれたとき、それはその作品の死を意味する」のだから、本書の試みは作品を細らせることにのみ寄与しているように思えて仕方がないのです。しかし、テクスト論というのがそもそもそういう読み方なので、そういった意見はなしなんでしょうね。