Would you like to see this page in English? Click here.


または
1-Clickで注文する場合は、サインインをしてください。
または
Amazonプライム会員に適用。注文手続きの際にお申し込みください。詳細はこちら
こちらからも買えますよ
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
論理的観点から―論理と哲学をめぐる九章 (双書プロブレーマタ)
 
 

論理的観点から―論理と哲学をめぐる九章 (双書プロブレーマタ) [単行本]

W.V.O. クワイン , Willard Van Orman Quine , 飯田 隆
5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 3,150 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
在庫あり。 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。
3点在庫あり。ご注文はお早めに。
2012/5/31 木曜日 にお届けします! 「お急ぎ便」オプション(有料)を選択して注文を確定された関東エリアへの配達のご注文が対象です。詳しくはこちら

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

この本とことばと対象(双書プロブレーマタ3) (双書プロブレ-マタ) ¥ 4,410 をあわせて買う

論理的観点から―論理と哲学をめぐる九章 (双書プロブレーマタ) + ことばと対象(双書プロブレーマタ3) (双書プロブレ-マタ)
合計価格: ¥ 7,560

在庫状況の表示

  • 対象商品: 論理的観点から―論理と哲学をめぐる九章 (双書プロブレーマタ)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細

  • ことばと対象(双書プロブレーマタ3) (双書プロブレ-マタ)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細



商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「なにがあるのかについて」「経験主義のふたつのドグマ」等、現代哲学に大きな転換をもたらした名論文集、待望の新訳。

内容(「MARC」データベースより)

かつての論理実証主義者にとってはタブーであった、存在論あるいは形而上学の復興をもたらした「なにがあるのかについて」、現象主義的認識論を批判した「経験主義のふたつのドグマ」等、現代哲学に大きな転換をもたらした9つの論文を収録。

登録情報

  • 単行本: 299ページ
  • 出版社: 勁草書房 (1992/11)
  • ISBN-10: 4326198877
  • ISBN-13: 978-4326198870
  • 発売日: 1992/11
  • 商品の寸法: 18.8 x 13 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 314,564位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この商品を見た後に買っているのは?


この商品につけられているタグ

 (詳細)
タグをクリックすると、タグがつけられた商品、タグをつけた人が表示されます。※タグは初期設定で公開になっています。詳しくはこちら
 

 

カスタマーレビュー

最も参考になったカスタマーレビュー
形式:単行本
言語哲学大全で飯田隆も指摘しているとおり、既にここに収録されている論文より先に規約による真理で、
クワインは実質的に分析哲学の転回を革命をなしていた。 そうは言っても一般的にはこの書こそ決定的役割を果たしたとすることに何の異存もない。
では何が革命的だったか。
還元主義。物質がセンスデータとして与えられてそれと分離した切り離された論理が客観的にあり、分析的命題と綜合的命題が分離可能である。
そして擬似科学や形而上学を排した判断を哲学者はでき世界をエリートとして指導できる。
そういうドグマを破壊したこと。それが規約主義による真理や本書収拾の経験主義の二つのドグマの意味である。
論理実証主義が維持していたそういうドグマを破壊し、事実も論理もそう都合よく分離できない、 物理的に見える事実さえ、言語的社会的なもので、裸のデータに還元し、操作は不可能だ。
クワインが分析哲学の帝王になったのも宜なるかな。 しかし、今の冷静な目で見ればそれは、茶番劇だったこともよくわかる。
一つの思考実験を考える。
自然自体には法則はない。あらゆる可能性に満ちていて、必然なんか導入する必要はない。
認識だ科学だは主観の都合、勝手によるもので、客観的な認識、自然化された認識などは、語義矛盾の意味不明の代物である。
自然の中には必然はなく、あくまでも人間の都合により、またその必然はその必然を感じない他の人間に向けられたものだ、あくまでも。
繰り返すが、客観的な認識はなく、集団で共有された認識も各自のズレ、食い違いを前提として、それで初めて成り立つものだ。
人は違うから、物の捉え方が違うから認識する。
還元主義の1対1の厳密さ、リゴリズムじゃないにしろ、ホーリズムはシステムとしとは厳密な唯一の答え、充足を求める。一人の貴族や官僚の直線的束縛じゃないにしろ、全体の多人数な言語の網の目による拘束。
代議士の統治、共同主観と言う名の支配。 結局、哲学者が物理的事実を物理的事実として、世界を世界として理解し支配する。その事実は何の変更もなされていない。
世界は還元可能で支配可能。このことにはクワインは全く何の変わりもないのだ。
論理実証主義から全く何も変わっていない。
オブジェクトレベルでの1対1還元は否定してもその柔らかい支配、メタレベルでの還元主義、共同主観による支配とそれを主導する首根っこ離さない哲学者による権力、その共同主観の管理は何一つ変わらない。
ヘーゲルが対話だからと他者を従属化してないと抑圧的じゃないと言うようなものだ。
世界が一人一人違うことを認めたらホーリズムもクワインの哲学も成立しない。翻訳の不可能性とかは世界の同一性前提に完全に支配した上での寝言でしかない。
言語的社会性を強調するにしてもそれは共同主観的なある閉じたゲームであり、自由などとはかけ離れていたことがわかる。
論理実証主義的な露骨な官僚による支配を柔らかくした、より陰湿な土建屋民主主義的支配に置き換える。
その権力、利権を受け継ぐという権力闘争だとはっきりしてしまった。
世界は還元可能で支配可能。このことにはクワインは何の変更もないのだ。
例えば、百万回同じことが起こったとしても、それを法則化できるわけではない。法則化を正当化できるわけではない。
神ならざる人間、三次元の局所的な人間は四次元のあらゆる事象を確認できるわけではない。物や自然からそのままで認識が立ち上がるわけではない。
ヒュームが指摘したようにそれは誤謬である。自然からは何も見えない。ただそれに対する人間の態度が、法則を作る。人間が互いに違うから、違う物を求めているから、法則は作られる。
それなのに認識の自然化とか、ホーリズムという還元主義の誤謬を続行するクワインの病理。
物への1対1の還元はできないにせよ、我々は全体的な共同主観的な世界把握はきちんとでき、分析哲学者に従属化して支配されよ。
ちょっと考えて見て欲しい。当たり前だが、認識は自然化できない。自然をねじ曲げ、全く新しい何かを付け加えるから認識なのである。
認識は世界へのねじ曲げであり、人間一人一人、違うからこそ、自然じゃないからこそ意味があるのに。ホーリズムだ、還元主義を続行するクワインの病。

本書は分析哲学の最高の書であり、分析哲学でこれ以上の達成は有り得ない。
このレビューは参考になりましたか?
8 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By θ トップ1000レビュアー
形式:単行本
「なにがあるのかについて」「経験主義のふたつのドグマ」など、現代哲学に転換をもたらし、新しい出発点となった論文を9本収めている。

上記2論文は、まとめると以下のようになるだろう。

「なにがあるのかについて」
まず、語の意味と、語の示す存在とは、別のものである。
(例えば、明けの明星と宵の明星は指示対象は同じだが、意味は異なる)
よって、ある語が意味を有するからといって、その語の指示対象が存在することにはならない。

ここで、言語と実在とが切り離される。
そうすることで、現象主義的概念と物理主義的概念の対立を解消する。
どの概念を用いるかは、どの概念を用いると有用であるかという、プラグマティックな問題に帰着するのである。

「経験主義のふたつのドグマ」
経験主義には二つのドグマがある。
一つは、事実とは独立に意味のみで真偽が決まる分析的真理と、事実にもとづく綜合的真理とは、決定的な差があるという信念である。
もう一つは、有意味な言明は、経験から論理的に構成できるとする信念である。
このどちらもが無根拠である。

定義や意味論的規則によって、分析性を擁護するかもしれない。
しかし、そうしたものは、定義や意味論的規則自体の曖昧性によって失敗するか、論点先取りに陥ってしまう。

また、一般的に真理は、事実と事実以外の要素の両方から支えられる。
例えば、「ブルータスはシーザーを殺した」は、その事実関係以外にも、「殺した」の意味にも左右される。

そして、経験依存が起こるのは、単語や言明ではなく、ある言語体系全体である。
なぜなら、言明は言語体系内で相互に絡み合っているからである。

そして、言語体系は概念を引き出す。
さらに概念は、上記したように必要性に応じてプラグマティックに選ばれる。

基本的・常識と言えばそれまでだが、斬新と言えば斬新な議論が展開されている。
上記2論文以外にも、興味深いテーマの論文が多数納められている。
個々の論文は短めなので、少しの時間でも読むことができる。

哲学を志すならば欠かせない本だろう。
このレビューは参考になりましたか?
13 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By JBHHLW
形式:単行本
クワインの有名な2つの論文、'On what there is'と'Two dogmas in empilicism'を収録した論文集"FROM A LOGICAL POINT OF VIEW"の新訳です。

昔、岩波書店から出ていた翻訳は「論理学的観点から」という書名でした。本書のタイトルとの違いはどこでしょう?ほとんど雑誌の間違い探しみたいですが、正解は'論理'と'論理学'の違いです。'LOGIC'という英語を辞書で調べると、訳としてどちらも出ています。但し、訳し方によって、その後の話が微妙に変わってしまいますので、翻訳の難しい言葉です。これについては訳者が序章で語っていますので、そちらをご覧ください。

我国の分析哲学の研究もこの10数年あまりで相当進んでいますので、本書の方がお勧めです。新訳はずっと待たれていました。もっとも旧訳は多分絶版でしょう。

クワインは本書の書名はジャズのアルバムから取ったと言っています。個人的にはハービー・ハンコックの"MY POINT OF VIEW"だったら嬉しいのですが、時期的に違いますね。
このレビューは参考になりましたか?
最近のカスタマーレビュー
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す


フィードバック


Amazon.co.jpのプライバシー ステートメント Amazon.co.jpの発送情報 Amazon.co.jpでの返品と交換