談合−考えてみれば面白い現象だ。かつては共存共栄の必要悪とみなされたが、いまや立派な社会悪、巨悪の象徴的存在である。その変化の裏には日本的な協力型社会からアングロサクソン的競争社会への日本社会全体の変質がある。本書は70年代以降、田中角栄が「列島改造」をぶち上げて中央から地方への金の還流システムが完成して以降のいわゆる「官製談合」と、それ以前の、官の力の前に団結を図らざるを得なかった自治のための談合を区別し、後者=「よい談合」を復活させることにより、日本の再生をはかろうと呼びかける。
多くの読者にとって「よい談合」という言葉はあまりに唐突であり、イメージしにくいものかもしれない。しかし、バラバラに解体された個人が無制限に競争させら続ける社会も勘弁なら、旧共産圏のごとく最低限食えるだけの福祉によって死ぬまで国家に養われるような灰色の人生も願い下げだという大方の日本人には、第三の道として国にカネを要求するのではなく、自治・自決を要求するという「統治し、統治される」協力型社会の実現はかすかな希望として映るように思う。