誰よりも美しい妻は、幸福なのだろうか、不幸なのだろうか。
今、注目の作家、井上荒野(あれの)の最新作。昨年、『潤一』で第11回島清恋
愛文学賞を受賞し、その後『だりや荘』『しかたのない水』とたてつづけに秀作
を発表してきた著者が、満を持して世に問うのがこの長篇恋愛小説です。マガジ
ンハウスのリトル・マガジン「ウフ.」に連載(13回)された作品を、全面的に
改稿、完璧な作品に仕上がりました。
主人公の安海園子(33歳)は美しい。その美しさは同性の女性によってこのよう
に描写される。「園子はここにいる誰よりも美しいが、その美しさは、なんとい
うか、あまりにも野放図で、傍若無人だ。たとえば、ビルとビルの隙間につぶれ
た箱みたいにがんばっている古い民家の窓辺の、繁り放題に繁った野バラを、女
は思い浮かべる。大型トラックの埃をかぶりながら、蔦に侵食されながら、しゃ
あしゃあと美しい野バラ」。夫の惣介は著名なヴァイオリニストだ。年齢は園子
のひまわり上。「園子を失ったらおれは生きたまま死んでしまう」と信じている
のと、若い女との関係に情熱的なことは自然に両立している(しかも園子は夫の
恋を知っている!)。そして息子の深(12歳)がいる。彼も初めての恋――クラス
メートの可愛い岩崎みくに夢中だ。物語はこの一家と、惣介の先妻・みちる、惣
介の親友・広渡(チェリストの彼は、ひそかに園子に想いを寄せている)、さら
に惣介の若い恋人・鰐淵十和子をめぐってまるで官能的な円舞曲のように展開す
る。しかし、この小説には恋愛に特有の「嫉妬」という感情が一切描かれていな
い。それで恋愛小説は成立するのか――その疑問には、「ともかくこの小説をお読
みください」と答えるしかない。
園子のこんな独白はどうだろう――「私が夫を愛することをやめたら、夫は廃人の
ようになってしまうだろう。少なくとも、ヴァイオリンは弾き続けられないだろ
う。それは、それほど夫が私を愛しているからではない。私が夫を愛しているか
らだ。私が自分を愛し続けることを、惣介は信じているからだ。宗教のように。
そういえば彼はよく言う。『あんたは俺の神様だ』と」
〈新しい形の恋愛小説〉をお届けします。