世界史の変遷を著者独自の視点で解説しており、公開講座での話をそのまま文章にしてあるので口語で読みやすく、世界史の概略を面白く理解するにはうってつけでしょう。ただいくつかの点で歴史認識、解釈の粗雑さや浅薄さ、古さを感じてしまう点があります。
特に日本とアジアの関係、中でも著者が李朝白磁を偏愛しているという関係からか、朝鮮に対する認識にかなり主観的なものを感じます。
●たとえば「朝鮮の事大主義」の解説で、中国の王朝と正当に向き合うことが「事大」です。これが朝鮮の「事大主義」。日本の「事大主義」とは違います。と言う箇所
→事大主義とは「以小事大」小国が大国に仕えるつまり隷属すること。
●或いは李朝の民芸を評価する箇所では、韓国の茶道が日本の茶の湯とちがっていることにも通じて、と言う箇所
→韓国茶道は日本で茶道を学んだ在日韓国人が帰国して始めたもの。現在でも日本の裏千家の指導を受けている。
●或いは、また、日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷平八郎は、列強各国からその作戦を激賞されたのですが、そういわれた東郷は「自分がナポレオン軍を撃破したネルソン提督と比べられるのははだはだうれしいが、とうてい李舜臣には及ばない。」といったというんです。と言う箇所
→出典は司馬遼太郎の小説
●なぜ伊藤博文が嫌われているのか。「朝鮮総督府の統監」だったからですね。日韓併合のシンボルだったからです。それで暗殺された。と言う箇所
→伊藤博文はむしろ日韓併合に反対の立場だった。
●特に朝鮮の各王朝が「非侵略的な性質」を持っていたというところが大きいんです。もしも朝鮮が好戦的だったら、日本は鎖国などしていられなかったでしょう。朝鮮民族が非侵略的であるという好ましい性格を持っているということは、日本が安泰でいられる大きな緩衝地帯を持っているということです。と言う箇所。
→非侵略的であったのはむしろ徳川幕府、李氏朝鮮はほぼ全時代を通じ常に北方の女真族と紛争をつづけていた。1419年には倭寇の本拠地を叩くという理由で対馬を侵略。それ以前の新羅の時代にも頻繁に対馬や博多に侵略(日本紀略)。
などなど、素人でも疑問を感じざるを得ないような歴史認識と解釈がかなりたくさん出てきます。
このような歴史認識や解釈が出てくるのは、著者がその歴史認識や解釈を形成するに当たって直接一次資料に当たらず、一般書として出版されている本を中心に、しかも最新のものではないかなり古い時代のものによって、著者の言うところの「知識の編集作業」をした結果であることは容易に想像できてしまいます。
ですから、読者は著者の見解をそのまま鵜呑みにせずに、この本を取っ掛かりにして、興味を感じた点をより専門的な本を読むなどして、独自の「知識の編集作業」をすることがこの本を利用する一番の適切な方法であると思います。