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202 人中、185人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
日本を厄災に導く、非公式権力,
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レビュー対象商品: 誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀 (単行本)
非公式権力(官僚、検察、メディア)による小沢氏に対する人物破壊キャンペーン。単に小沢VS非公式権力の対立関係として捉えるのではなく、非公式権力の暴走が国を危うくさせていることを認識するべきだ。例えば、問題になっている福島原発。けして災害ではなく、非公式権力による厄災だ。佐藤栄佐久・元福島県知事も非公式権力に人物破壊された一人。なぜ佐藤氏が非公式権力システムから狙われたのか? 佐藤氏はもともと原発賛成派であったが、再三にわたる情報改ざん、事故隠ぺい体質に危機感を持ち、県民を守る為に官僚、東電と戦った。知事として当たり前のことをしたまで。ただ、非公式権力は人物破壊キャンペーンを開始した。収賄容疑で東京地検特捜部が逮捕。佐藤氏は知事の座を追われた。控訴審では収賄額ゼロという実質無罪判決が出たが、佐藤氏の人物破壊キャンペーンをしたメディアはほとんど報道、検証することはなかった。小沢氏のパターンと同じである。 非公式権力は、佐藤氏を人物破壊し、知事の座から引きずりおろすことに成功した。官僚、東電は邪魔者を排除した後、安全を無視して原発を推進していった。福島原発は情報改ざん、事故隠ぺい体質が改ざんされず、今回の事態を招いた。非公式権力の人災ならぬ厄災である。 超法規的な非公式権力は、自らの地位が担保されればいいのであって国民の犠牲は必然である。小沢氏は、その非公式権力に立ち向かっている希有な優れた政治家である。彼を失う事は非公式権力を暴走させることになり、我々国民が犠牲になることを覚悟しなければならない。非公式権力は福島原発の様に日本を厄災に導くのである。
135 人中、122人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
原発、検察、マスメディア・・・、これ以上騙されてはいけない。それは日本の破滅を意味する,
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レビュー対象商品: 誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀 (単行本)
霞ヶ関という権力システムは、山県有朋が作り平沼騏一郎が強化した。それは非公式なもの、すなわち慣習や不文律の上に成り立っている。官僚たちは法律に支配されているのではなく、自らそれを支配しているのである。人物破壊の手段は、いつもスキャンダルねつ造と、メディアによる徹底的なネガティブキャンペーン、99.9%の有罪を勝ち取る、実質的に裁判官も兼ねる検察による追求である。 国際社会で自立しようにも、日本には非公式的な中枢を支える法的制度、純粋な意味での政府、政治上の舵取りがないため、日本の公式な当局がその無力をさらけ出すのは今に始まったことではない。阪神淡路大震災では適切な対応ができなかった(そして今回の東北関東大震災でも)。 高級官僚は、政治家が新しい方向性を打ち出せないのは経験がないからではなく、日本の秩序維持に必要とされる“正しい姿勢”が欠けているからだというというのだから恐れ入る。 小沢という政治家への「人物破壊」の一連の動きの裏には、ある密約が存在している。 それを取り交わしたのは日本とアメリカであり、その恩恵を受けるのは両国の政治エリートである。 省庁の高級官僚とビジネス界メディア界の幹部からなる日本の政治エリートは、決して純粋な意味での日本の独立を求めようとしない。 それどころか彼らはアメリカ政府が日本に超法規的で非公式な権力システムの存在を支援してくれる見返りに、日本を引き続き米国に隷属させようとしているのである。 日本国民はこれでも今までの様に「しょうがない」というのか。 破壊された国土の映像を見ながら、もう嫌だと思うのは一人ではあるまい。
65 人中、58人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
名著であるがゆえに残念でたまらない,
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レビュー対象商品: 誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀 (単行本)
本書は多くの日本の未来を憂う人々の疑問を、簡潔に示した名著だと思う。一般的に記者クラブの存在が日本の政治報道をダメにしていると言われているが、さらに根深い非公式権力を暴き出している。 戦後、さらには明治維新までを切り込み、矛盾なく解釈できる。 本書の評価は、内容と共に出版時期(これは偶然の産物ではあるが)を含めて、最大に評価できる。 しかし、普段から日本を憂い、報道の正確性を積極的に検証していない人には理解出来ない可能性が高いのが残念である。 非公式権力の一翼を担う記者クラブが日本の政治報道を堕落させ、国民を低レベルにしてしまった罪が今こそ問われなければならない。 池上彰の番組が高評価であることから判るように、今の日本人の多くは政治報道の基本的な解釈すら小学生レベルで説明してもらわないと理解出来ないほどである。 さらに過去50年、派閥争いの劇場型報道を政治報道と勘違いしてきた人には、本書が茶番と思われる危険性すらある。 本書の内容を今こそ全国民が理解できるように、内容を噛み砕き、小学生向けレベルで出版することに意義があると思う。 「もしドラ」のように、本書をさらに噛み砕いて、全ての人々に理解できる内容の著書の出版を期待したい。
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