『あなたがしている選択、
それは本当に「あなたの」選択ですか
それとも、その選択は「起こる」のか考えてみてください』
『誰が選択するのでしょうか。エゴが選択します
でもエゴは「プログラミングされてる内容」に従って選択をするということです
あなたが選択できないDNA、すなわち遺伝子があり,さらに環境的条件付けがあります
そうしたあなたがコントロールできないプログラミングに対して、エゴはどうすることもできません』
『あなたは一日の終わりに、自分の行為を分析して
自分の個人的な体験から、それは「自分の」行為ではなかったことを見出すのです
それがあなたが必要とする唯一の修業です』
『「行為はただ起こり、あなたは何もやっていない」という結論に、来る日も来る日もあなたが至れば
その時には次の質問がわき起こります…
もしあなたが何もやっていないとしたら「あなた」とは誰か?
その質問がわき起こり、答えが同じ源泉からわき起こります…「あなた」は存在しない。』
『重要なことは、エゴはあなたが創り出したものではなく、エゴもまた源泉から造られたということです
神はエゴを創造し、またエゴを破壊しています。神はプログラミングを通して実行します
探求が起こったのは、あなたがある時点で「明日から真理を求めよう」と決めたからではないのです』
『エゴによる悟りの探求は、知的な理解とともにではなく
決して、探求者、行為者はいなかった…何を探求するにしても決して探求者はいなかったのだと
ハートで直観した絶対的理解とともにのみ、終えることができます。』
『私は何を求めているのか?
「そんなこと、誰がかまうもんか」という完全なる理解が、あなたの存在の深みからわき起こった時、
そうなると、悟りがもうすぐそこまで来ているということです。』
以上。大事そうなところを引用して、まとめてみました
ところで、この本の原題は「Who cares!?」ですが、これは「誰がかまうもんか!」というエゴ的な表現ではなく、
「それに構う人は誰もいない」といった否定のニュアンスがあるのでしょうね。