「
読売ジャイアンツ選手別応援歌2009」のレビューで書いたことを繰り返さねばならないのがじつに残念だ。
曲づくりの主体となっているらしい、応援団とやらに問いたい。
「応援歌とはいったい誰のものか?」と。
今年の新曲は10曲。うち半数は投手の曲だ。だがその顔ぶれは、東野、ゴン、オビ、藤井、そして山口。10年シーズンに先発で期待される面々ばかりだ。
09年盤で「越智や山口がない」と“注文”しておいた。今年、ともかく山口は登場した。だが越智は今年も見当たらない。なぜだ?
09シーズンに「風神雷神コンビ」として等しくV3そして日本一に大貢献したふたりがこんなに差別される理由はないはずだ。
つまり、山口の場合は、
「先発要員だ」 → 「長くグラウンドにいる」 → 「打席に立つ機会がある」 → 「打席に立っている間は自分たちが外野スタンドで跳んだり跳ねたり暴れたりできる」 → 「そのBGMを作ったれ」
・・・という屁理屈がみごとに通っている。
越智の場合は、真逆だ。
「リリーフ要員だ」 → 「少しの間しかグラウンドにいない」 → 「打席に立つ機会がほとんどない」 → 「自分たちが跳んだり跳ねたり暴れたりする時間がない」 → 「BGMを作るだけ時間と労力のムダじゃん」
・・・こんな気持ち、露ほども持ち合わせてなどいませんよ、と、胸を張って言えるか?
自分が越智の立場だったら、
「去年ふたりしてあんなに頑張ったのに、ぐっさんだけ応援して貰えていいなぁ。オレにはご褒美ナシかよ」
なんて、不貞腐れてみたくもなるというものだ。
長野が珍しくルーキーで曲を貰えているが、ワルツみたいに3連符が連続するあたり、小林幹治の詞で知られるポーランド民謡『春がよんでるよ』に“クリソツ”な、スローテンポの“ど”マイナー。これじゃ景気づけにもなりゃしない。
繰り返す。「応援歌は誰のものか」、イチから考え直すべし。