人づてに聞いた話である。ある大学の大学院に通う学生が,平日の昼間道端を歩いていたときに警察から任意同行を求められた。窃盗事件の被疑者としてである。当人には全く身に覚えのない事だが,目撃者は「この人が犯人で間違いない」と言っている。
この学生が逮捕されてしまうと,それは本書がいう「誤認逮捕」に当たる。そして,かかる事態をどのように記述,分析,評価しているかが本書の価値を決めることになる。結論から言えば全然駄目。構成が破綻している。
ありうべき本書の読み方として,ひとつのジャーナリズムとして読むということが考えられる。つまり「誤認逮捕」を社会的な問題として捉え,原因を追求したり解決策を提示したりする本として読むのである。ではどのような意味で誤認逮捕が社会問題となるのか? 本書の裏表紙には,本書について,
・現代警察機関の問題点を指摘した一冊
とある一方で,本書の終盤(第8章)では,
・私は,誤認逮捕問題は,警察問題ではなくマスコミ問題であり,かつ世間の問題だと思っている(p.192)
とある。どっちだよ? 本書が全体的にぼんやりとしているのは,著者が問題の所在を的確に捉えられていないからである。
あるいは,あまり知られていない「誤認逮捕」の実態を,広く社会に知らしめるというドキュメンタリー的な本として読む可能性もある。原因究明・責任追及は取り敢えず脇に置いておくわけだ。しかしこう読むと取材の浅さが無視できない。ソースも明示されていないから,資料的な価値もほとんどない。要するに信用性が低い。
いや,そうではなくて,いつ我が身に振りかかるかも知れない「誤認逮捕」に備えるための1冊として評価できないか。これに直接該当する記述は,201〜204ページにある。しかしいかにも薄っぺらい。通り一遍のことしか書いていない。
一番の問題は,著者が憲法や刑事訴訟法を理解していないことだ。何の根拠も示さずに「裁判所の判断など飾り物でしかない」(p.192)と述べているが,一体どういう意味なのか。自分が無知だからといって,日本が法治国家でないと断じて良いことにはならないだろう。
ちなみに冒頭に掲げた学生は,アリバイが判明したため,起訴されることもなく,もちろん有罪判決を下されることも免れた。犯行があった時間帯に,大学院の講義に出席していたのである。