著者は『遠い声 遠い部屋』(トルーマン・カポーティ)、『南回帰線』(ヘンリー・ミラー)、『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ)など名著の翻訳を数多く手がけてきた東京外国語大学名誉教授。英語と日本語の隅々まで行き届いたその目配りに、まず、心地よいショックを覚える。「辞典」と銘打ってはいるが、いたるところで目からウロコの落ちる楽しい読み物なのだ。
名訳とされている『嵐が丘』の中で、「小説家でもあったさる著名な英文学者」が"He murmured aloud"を「彼は大声でつぶやいた」と訳している、という指摘は痛快だ。大家(もしかしたら阿部知二?)が、「aloud」に「ひとりごとを言う」という意味もあることを知らなかったなんて。思わず手を打って、喜んでしまう。
「辞典」の「ancient」の項では、こんなエピソードが紹介されている。映画『黄昏(たそがれ)』で主人公に扮したヘンリー・フォンダが、"I'm ancient"とつぶやく場面がある。「ancient」はアメリカの口語で 「very, very old」という意味の言葉だが、評論家の「故H氏」が「この科白にはまいったな、彼は自分はもう<人間>じゃない、<古代生物>だと言っているんですよ」と、新聞や雑誌で絶賛していたという。
実はこの本は、こんなよこしまな読み方をしてはいけないのである。著者が「まえがき」で断っているように「本書は誤訳指摘を目的として書いたものではない」。英語を勉強したことのあるものなら誰でも知っている 「a」「about」「and」から「you see/you know」までの、意外に知られていない用法を豊富な具体例から教えてくれる。しかし、決して固苦しい語学参考書ではない。あくまでも楽しい読み物なのである。(伊藤延司)
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これまでも「英語の達人」が英語の意味の取り違えに関する本を著している。昔は、最所フミの「日本語にならない英語」などが有名だったが、最近では、何人かの翻訳家がこの分野に関する本を著している。この本と他の本との違いは:
(1) 著者の英語力が極めて高い。
(2)辞書を頻繁に参照し誤りを指摘しており、辞書、特に学習英和辞書のありがたみを再評価している。
(3)提案する訳語が古くさくなく、現代性がある。
(1)について:この本で紹介している雑誌からの引用は、そのほとんどが比較的最近の雑誌からのものである。おそらく著者がこの本の執筆中に集めた用例であろう。しかしそれであっても「急造の粗悪品」という印象は全く与えない。これは著者の今までの知識の積み重ねがあり、それが至る所に顔を出しているからである。
(2)について:この本は英和辞典の優れた批評であると言える。これを見ると辞書が改訂されたからといって、改善されたとは言えないと分かる。
(3)について:このような本を書く翻訳家の大御所は、比較的難しいことばを正確に使うことを提唱することが多く、彼らの使う日本語は概して古くさい。ところがこの本で提案されている訳語は現代的であり、これなら私にも分かるという感じがする。
英検1級には、とうの昔に合格してしまったような実力のある人でも、学ぶことが満載されている。英語を「なめている」人が読むと背筋が伸びる気がするだろう。
やや筆がすべりすぎていると思われる箇所も散見されますが、... 続きを読む
20~30年前の翻訳小説や翻訳学術書は本当に難しかった。... 続きを読む
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