朝日新聞社の記者として報道する側から新聞と関わってきた著者はのちに新聞を
中心にマスコミ全般について調べ、論評する立場となり、「知る権利」を満たす
迅速性と正確さ、或いは功名心などの挟間で揺らぐ新聞の紙面製作の現場の姿勢に
問いかけています。
ジャーナリズムを、日々のできごとを取材、報道、解説、論評、記録する機能として
とらえ、情報を右から左へ流すだけの作業で紙面を構成し、それはジャーナリズムに
値せず、その品質を満たされていない、と著者は言い切っています。
テレビの「やらせ」問題にも触れ、ドキュメンタリーを含めた報道番組への関心は
事実の正確さより面白さ、衝撃度など視聴者を引き付けるための手法、映像づくりに
向けられていることを懸念しています。
しかしながら、事実を正確にすることに専念して、視聴者が飽きたり、主旨が
飲み込めず単なる情報で終わらせることが求められている訳もなく、実は
製作・発信者には、その理性など精神の揺らぎの中で常に葛藤を抱きながら、
妥協点を見出す努力を続けることこそが求められているのかも知れないと思いました。