そういえばそんな事件があったなあという感じで、本書を手にとった。読み進むと、予想を裏切る展開が待っていた。
この誘拐事件は実は「誘拐」でなく、どちらかというと、早熟な少女の主導だったという。40代の男性と10歳の少女に、果たしてそんな関係が成り立つのか。
2人の行動には、腑に落ちること、納得しづらいところがある。一つ納得できたのは、この少女は男性を利用して、今いる場所から脱出をはかろうとしたのだということ。
少女がこの男性を愛していたとは思えない。だが、決して嫌っていたわけでもない。精神年齢が決して高いとは言えない男性の「オヤジくさい外見」を嫌悪しながらも、そのいびつな純粋さに惹かれた部分があったのではないか。おそらく2人はどこかでわかりあえる部分があったのだろう。彼女がどうしてそのような行動をとったのか、その理由が少しずつ明かされていく。
他方、男性側の心情は今ひとつわかりにくい。それは、筆者が女性であり、少女の心情をある程度、想像することはできても、成熟と未成熟が入り交じる男性の複雑な心情をはかりがたかったからではないか。彼の幼稚な自己正当化を見苦しいと感じる筆者に共感する一方で、「少女を愛する」という部分を全面的に否定するのも抵抗がある。その行動は倫理的に厳しく批難すべきではあるが、その動機まで全面否定できるものなのか。すべての男性が精神的に成熟しているわけではないのである。
男性がのめり込んでいたぶん、この逃避行が終わったあとの、少女の男性への仕打ちはあまりにも悲しい。彼が最後まで少女に執着する一方で、少女はあっさりと男性を捨て去る。それどころか、彼女は彼に対して嫌悪感さえ見せたという。それはおそらく、この少女が、別の場所へ逃げるため、彼の何かを見ないようにしていた反動だったのだろう。
「彼の何か」。それは、はっきり言えば、それは彼の「オヤジ」の部分なのだろう。少女が「オヤジ」を愛することなどありえない。本当に愛してもない者と運命をともにするとき、運命は必然的に笑えない喜劇へと落ち込むものなのかもしれない。
読みやすい文章で、テンポも良く、背景を考えるのに十分の材料を提供している点で本書は評価できる。だが、欲を言えば、少女の矛盾に満ちた行動の深層にまでなんとか踏み込んでほしかった。もちろん、少女にそこまでの取材を敢行するのは酷だとわかっているのではあるが。