著者の中郡氏は、警察庁詰めの記者として「吉展ちゃん事件」の捜査進展にあわせて記事を送り出し、後に検証記事も書きました。
その後、もっと複雑な背景があったことを知った著者は、いつかは正確な事実を書き残したい、と決意します。78歳になる今年、やっと形になったのが本書です。
本書の大半は、真犯人が自供して吉展ちゃんの遺体が発見されるまでの約2ヶ月間の攻防を中心に、関係者の思惑や葛藤などの人間模様を克明に描いていきます。
取材ノートを何度も見かえして記憶を呼びもどしたという著者は、ノンフィクションの禁じ手を冒し、会話の多い文体を選びました。本書には、実在の事件であることを忘れさせるようなスリルと臨場感があふれています。
身代金受け渡し現場での痛恨のミス、長期化する捜査などで、警察内部にはさまざまな非難や不満が充満していました。
警察内部の不協和音にくわえ、他社の知らない捜査情報を聞き出し、つねに特ダネをねらう新聞記者の世界がからみあい、物語は、男たちのメンツがぶつかりあう修羅場を進んでいきます。
読み進みながら、犯罪者と警察の闇が交錯する『レディ・ジョーカー』(高村薫著)と、大事件に翻弄されながら記者魂と組織の相剋が描かれた『クライマーズ・ハイ』(横山秀夫)を思い起こしました。
どちらも、暗い運命を背負った主人公が登場する小説です。
ノンフィクションの本書でも、伝説の名刑事が抱える心の暗部が強く印象に残り、何より真犯人の不幸な生い立ちに人生の悲哀を感じます。
読みはじめる前はただの宣伝文句と思っていた帯のことば、
「犯罪ドキュメントの金字塔」
という西木正明氏の推薦のことばに納得です。