最近の年少者のショッキングな犯罪から説き起こし、“誇大自己症候群”を豊富すぎるほどの症例で論じる。論旨には概ね異論はないけれども、論じられていることは、以前から、万能感の肥大や自己抑制・耐性の欠如として、用語としても〈自我肥大〉などとして知られていたことではないのか。‘自己愛’‘誇大自己’の病理を論じ尽くし、‘症候群’と診断を下す。‘この書で初めて提供された知識’がどれほどあるのだろう? この種の〈症候群〉型の書は、思い出すに稲村 博氏の『思春期挫折症候群』以来、精神科医によって屋上屋を重ねに重ねてまだ已むことのない出版が続けられている感があるが、こうした書物が真に問題解決に奏功しているのか、あまりに続く類書 ― それは出来する事件が医家に著述を促して已まないからなのだが ― の海を見つつ、大きな疑問を感じる。‘症候群’というからには、何らか治療すべき疾病ということになるが、著者のいう症状は、むしろ人間の一要素として考究すべきものだ。それをしも〈症候群〉と呼ぶ医家の性向こそ、“何でも診断症候群”と称したくなる。症例の詳細な ― 言い換えれば執拗な ― 記述と多さに比して教育批判(160~162頁)などは記述が簡易に過ぎ、現場の教師には反発もあろう。本書は決して高所から断ずる論調でなく、著者の誠実さは無視すべきでないが、あえて。