本書は「沖縄論」や「わしズム」の沖縄特集でも登場した「沖縄人」の砥板芳行氏、宮城能彦氏、高里洋介氏と那覇市会社員の匿名A氏と小林よしのり氏の座談会をまとめたものです。
本書の議論の中身のほとんどは先に挙げた著書のなかでも触れられていたので特に目新しさは感じませんでしたが、その後の出来事として今年2月に起きた米兵による少女暴行事件やつい先日判決のあった大江健三郎氏の「沖縄ノート」をめぐる論争などは興味深いです。
米兵の暴行事件に関しては米兵は強姦については否定し、また少女も告訴を取り下げたのだから、キスされたり胸を触られたことはあったかもしれないが、強姦まではされていなかったんではないか。
それなのに少女は強姦されたんだと決め付けて県民大会までやったのはおかしい、起訴されなかった以上、法的には無罪ということなのに、そこまで激しく糾弾できるのは不思議だ、と語ります。
「沖縄ノート」に関してはその著書の異常性に言及しつつも、「そもそも裁判を起こすべきではなかった」と言います。
仮に原告が勝訴したとしても彼らの名誉は逆に潰されてしまう、集団自決の命令はしていなかったとしても、現実にたくさんの人を死なせてしまい、そして彼らは生き残ってしまった。
そこにはすくなくとも軍人としての責任はあるのだから、そうなると戦後の色々な批判に耐えることでしか名誉は守れないんだ、と。
こういった主張を「当事者」である沖縄人がしているというのがなにより興味深いです。
本書を読むと沖縄のメディアの偏向姿勢と「沖縄ではなかなか本音で語れない」というのがよく解ります。
私達は同じ日本人として沖縄の抱える問題を少しは考えるべきなのだと改めて思いました。
そもそも若い世代は少し前には沖縄が独立した国であったことさえ知らないのですから。