辺見庸の既発表、未発表の詩を集めた初めての詩集。中原中也賞の受賞作でもある。 いわゆる「詩」とのズレや違和感、にも関わらず際立つ言葉の生々しさと死の匂い。嗜虐的な表現。60をとうに過ぎた作家とは思えない、(いい意味で)大人気ない反知性反文芸の姿勢。 全編に流れる嗜虐と自虐の感覚をむしろ誠実と感じるのは、この詩集によって晒されているたくさんの「傷」が、吹き出る血も含めて、私たち自身のものだからだろう。 中也賞の選者である高橋源一郎がこの詩集に対して述べた「詩における言葉の強度」、同じく選者の荒川洋治が述べた「行為が詩に戻ってきた」という評は過不足なく言い当てている。それでも評するには言葉が足りないと思わせる。 近年の著作を読んでいない読者は、なぜすでに芥川賞を獲っているこの老ジャーナリスト兼作家に詩の新人賞を与えるのか、というふうにも感じただろう。 この詩集が素晴らしいのは、言葉が強度を持たないという現在の事実に対して欺瞞や嘘がなかったという一点においてだ。その事実を見つめているからこそ、淡々と紡がれる一篇一篇が、鉛の弾のように胸に残る。 そんな言葉が、いまどれくらいあるだろう。