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前半部分が「評論」および「評論家」について書かれているのに対し、後半は「評論家の行為」すなわち「論争」について述べられている。これがまた面白い。87年に始まった番組「朝まで生テレビ」や、90年代に入って小林よしのりのマンガ『ゴーマニズム宣言』とそれをめぐって起こった論争によって、論争そのものがまるで「薄汚く下品なもの」(163頁)と見られるようになってしまったという。さらに、かつて新聞紙上で「2ちゃんねるは「お子様大学生」や「成人式で暴れる若者」と同根」と切り捨てた著者は、論争をいっそう「恐ろしいもの」にしてしまったものとして、インターネット上における匿名の掲示板への書き込みを挙げている。
しかし本来論争とは――確かに神経をすり減らすようなものではあるが――評論家にとっては「勲章」(158頁)と言えるものであり、昨今のできる限り議論を避けようとする風潮は、「明らかに日本の学術の水準を下げている」(160頁)と著者は言う。そのせいで、批判にきちんと答えないまま自説を繰り返してしまったりしている人が時々いるが、それは「多くの人が支持しているのを自説の正しさの根拠にする」ことと並んで、「ルール違反」(189頁)なのである。特に論争的な問題について何か自分の論を展開した場合は、批判にきちんと答える(あるいは間違っていたら正直に自分の過ちを認める)というのは、学問に携わる者のみならず、知的活動をする者の最低限のマナーだと思う。
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