本書は、沖縄戦における慶良間諸島で集団自決・殺害の被害に遭った生存者やその関係者の証言を集めている。沖縄の日本軍はとてもよく戦ったのだが、多くの民間人を巻き添えにした責任はそれとは分けて考えるべきであって、歴史教科書の修正問題に発展した沖縄戦をめぐる昨今の一部の動きは、明確に皇軍に管理責任がある手榴弾などによって行われたという史実に基づいて客観的に判断すれば正しいとは言い難い。一方、軍を非難していた過去の著作側にも不適切な内容を含んだものがあったことも事実だ。よって、結果としてこのような貴重な証言が書籍として歴史に残ったことは評価したい。
ちなみに、世間の一部で喧伝されている軍の命令書の存在なんて言い出したら、ヒトラーがユダヤ人虐殺を指示した命令書も存在しないということを指摘しておかなければならない。ベトナム戦争のソンミ村の悲劇も一般住民の殺害の命令書はない。イラクのアグレイブ刑務所虐待問題も同様。命令書がどうのという主張は単なる詭弁に過ぎない。そもそも、軍の最前線では軍命は文書ではなく口頭伝達が基本である。
沖縄戦における日本軍の作戦方針は、同様に苦しい戦争末期にドイツ軍が海軍全滅と引換えにケーニヒスベルグの150万の民間人を救出した作戦と比べると著しく特徴的だ。加えて沖縄戦では、丸腰の多数の民間人が皇軍により直接殺害されている。ソ連が攻めてきた満州では日本軍の多くが開拓民を見捨てて逃げるという悲惨なことが起きたが、これも現場の混乱に加え関東軍が有事の際は防衛ラインを縮小するプランを持っていてそれを実行しようとしたからである。つまり、重要な点は戦争末期の日本軍は地域を問わず住民の犠牲について考慮しない作戦を立てて実施し始めていたということだ。本書で語られていることは沖縄だけの話ではなく、本土決戦が行われていたら日本中でこういう悲劇が起きていただろう。
戦争の悲惨さを伝えることは第一歩に過ぎない。多くの人が正確な知識を身につけて適切な判断が出来るようになるために、重い口を開いた人々の証言がそのきっかけとして役立つことを願わずにはいられない。