フルヴェンかカラヤンか。それを元ベルリン・フィル団員たちに聞いて回る、という本。著者はジャーナリストではないので、取材対象に鋭く迫るという風ではない。たとえばカラヤンがバレンボイムを嫌っていたという証言などはもっと追及してほしかった。そういう隔靴掻痒の感はあるが、取材というより元団員たちとの温かい交流のなかから、音楽家たちの肉声が伝わってくる。
フルヴェンかカラヤンか、という点では、有名なアンチ・カラヤンのテーリヒェンを除いて、カラヤンへの高評価が目立つ。カラヤンのおかげで彼らはもうかったのだからそれも当然といえるが、やはりプロたちを説得するだけの音楽的力量があったのだなあと思わせる。読後、カラヤンの「響き」をもう一度聴き直したくなった。
偶然、仲丸美絵の朝比奈隆の評伝『オーケストラ、それは我なり』と同時に読んだので、カラヤンと朝比奈が頭のなかで重なった。同書によれば朝比奈は反カラヤンのフルヴェン派で、両者の音楽スタイルは対照的だが、晩年にその独裁制がオーケストラと不協和音をかもす過程がよく似ている。どちらもそのカリスマ性が客を集めたが、オーケストラが奏でる音楽と指揮者の関係は真に芸術的だったのか? 華々しい成功の陰にある「独裁者」の晩年の孤独がどちらの本からも伝わってくるのである。