1930年韓国忠清南道生まれ。1950年陸軍士官学校入学直後に朝鮮戦争が勃発し、ソウル近郊で熾烈な戦闘を経験。また山岳地帯の東部戦線で「縣里(ヒョルリ)戦闘」を戦う。52年米国フォート・ベニング陸軍歩兵学校留学。帰国後、韓国陸軍歩兵学校教官、国連軍司令部内米軍事顧問団長専属副官。61年には駐米韓国大使館の武官補佐官に任命され米国赴任(3年半)。陸軍中佐。2度目の米国留学中にキリスト教徒となり、1957年に世界基督教統一神霊協会(統一教会)入教。65年世界宣教師として渡米。韓米文化自由財団(名誉総裁=アイゼンハワー・トルーマン両元大統領。副総裁=梁裕燦元駐米大使)を創設し「自由アジア放送」「リトルエンジェルス(韓国児童歌舞団)公演」で全米に反響を呼ぶ。
1972年から全米50州「希望の日」講演、ヤンキースタジアム大会、ワシントン30万人大会などで統一教会創始者・文鮮明師の通訳兼特別補佐役として活躍。74年「ウォーターゲート事件」で全米が揺れるなか、文師・ニクソン大統領単独会談に同席。1978年国際的スキャンダルとなった「コリアゲート事件」の余波を受け、米議会フレーザー委員会に召喚、証言台に立つ。「KCIA(韓国中央情報部)の工作員」「韓国政府の手先」という不当な嫌疑に対し、5回に及ぶ公聴会証言で自身の無実と北朝鮮から軍事的脅威を受ける韓国の立場を堂々と主張。調査の結果、統一教会および朴氏とKCIAとは何の関係もないことが立証された。
1982年文師が米国の首都に日刊紙「ワシントン・タイムズ」を創刊するや初代社長に就任、共産主義に甘いリベラルなマスコミに囲まれ孤立無援のレーガン政権を強力に支援し、共産圏退潮とソ連崩壊に向かう流れを作り出す。90年文師の旧ソ連モスクワ入りに同行、自由圏のマスコミ人・有識者・政治家を結集した「第11回世界言論人会議」開催に中心的役割を果たす。また文師・ゴルバチョフ大統領単独会談に同席。91年文師の北朝鮮訪問に同行し、文師・金日成主席単独会談に同席。94年には金日成弔問のため韓国からただ一人訪朝し金正日書記(当時)と会見、その是非について国民的論議を呼ぶ。
世界平和頂上会議議長、中南米統合機構総裁、カウサ・インターナショナル会長などを歴任。91年~94年韓国世界日報社社長。今や韓国の顔となった「リトルエンジェルス」を率い、世界中を公演して回る“民間外交官”でもある。英語・日本語ともに堪能。著書『証言』には韓国語版、英語版(Messiah: My Testimony to Rev. Sun Myung Moon)がある。
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