独文業界では、ずいぶん前から『訴訟』で通っている作品だが、やっとその通りの邦題で訳された。
「古典新訳文庫」の名に恥じぬすばらしい仕事。
訳者がはっきり断っている通り、16の断片(章)の順序は未決定だから、読者が面白いと思う順序で適宜、
シャッフルして読んでいい。
ヨーゼフ・Kが殺されてしまう「終わり」がこの小説の結末とは限らないのだ。
まさにそれが『訴訟』の訴訟(プロセス)たるゆえん。裁判の勝敗、結末はまだ見えない。
訳者は自分の訳をピリオド奏法にたとえるが、
ピリオド・スタイルがここまで流行ったのは、単に元のテクストに忠実であろうとしたからだけじゃなく、
結果として出てきた、ごつごつした刺激的な響きに、滑らかな現代楽器にはない美が感じられたからだ。
これも訳者が認める通り「翻訳者は裏切り者」だから、どんなにカフカのドイツ語に忠実であろうとしても
日本語に訳せば、訳語の選択一つをとっても「裏切り」が入り込んでしまう。
それでも、訳者が単語一つ一つの意味にこだわって、そのニュアンスを最大限、拾い上げようとしているのは分かる。
池内訳は、もうここまでやりたい放題だと、かえって喝采を送りたくなるジュースキント『香水(パフューム)』などと違って、
彼としても慎重に取り組んだ仕事だと思うけど、きれいな日本語にするために、かなり原文のニュアンスを捨ててしまっている。
丘沢訳はごつごつして、読みづらい感もあるけど、池内がカラヤンだとすれば、まさしくピリオド・スタイルの美。
翻訳家はいわば演奏家だから、翻訳(演奏)にはできる限り多くの選択肢があった方がいい。
すでに『審判』という名でこの小説を知っている人にこそ、改めて別の「演奏」で読んでほしい。
喜劇的効果が感じられる部分は、ちゃんとそのように訳されているし、
鼻のきく人は、ある部分ではホモセクシュアルの臭いもかぎつけるはず。
カフカのドイツ語はそんなに難しくないから、ドイツ語で読むのがもちろんベストだが、
ドイツ語で読む人にとっては、かたわらに置くべき最良のガイドブック。