みなさんが「訪問者」について書いてらっしゃるので、私は併録の「エッグ・スタンド」について書きます。
この作品は、1943年から44年の占領下、冬のパリが舞台です。東部戦線から一時帰休のドイツ兵たちはパリで傷を癒し、羽を伸ばしています。独軍兵士で溢れるキャバレーで働く17歳の少女が、13歳の宿無しの少年を拾います。そしてフランス軍元兵士の男性(いまはレジスタンス)と出会い、物語は動き出す。ドイツ軍高官や対独協力者を次々暗殺する謎の殺し屋は誰なのか?
このサスペンスフルな物語が、なんと少女漫画の文法で綴られているのです。すごい。
占領下パリの描写は見事で、女性らしい生活感(リアリティ)に満ちています。戦争だろうが非常時だろうが腹は減るし、恋にも落ちる。止められない人間のさが。ドイツ兵たちの暢気ぶりもいい。ノルマンディ上陸作戦はまだ半年先ですから、ここは後方。ヒロインが「明日は前線に戻るんだよ」という若い兵士を振って帰る場面の独白は、滑稽かつ詩的です。
しかし、この作品は中盤を過ぎると、戦時だからというよりも普遍的な人間の怖さに迫ってゆきます。ある意味サイコサスペンス。そして、哀しい愛を、愛に見放された人間の哀しさを、淡々と展開します。派手な銃撃戦こそありませんが、恐ろしい緊張感に満ちたクライマックス。
この作品にいちばん近い味わいの映画はなんだろうな。「イングリッシュ・ペイシェント」かな? 「灰とダイヤモンド」かな? 短いのに、重厚な漫画です。
それにしても、萩尾作品はよく人が死ぬ。だが、それが単なる「不吉な感じ」ではない。それは、死者よりも生きている人間のほうがより禍々しいからでしょうか。哀しいからでしょうか。ズシッとくる読後感をお楽しみください。