この本は東日本大震災の取材にあたった読売新聞記者78人が現地で何を見て、いかに
感じ、何を考えたかの体験記です。78人もの記者が書いてるということは今回の震災
が地震、津波、原発に加え地域が広範囲にわたり、いかに甚大な被害を与えたかを語って
ます。
宮城県気仙沼では弔うこともできないほどの遺体の多さと現地の混乱、災害の威力と死の
恐怖にかける言葉がみつからない。
石巻市立大川小学校は児童108人のうち約7割にあたる74人が津波で死亡・行方不明
となり学校管理下では戦後最悪の被害となっている。子供を失った親の感情が癒えること
もなく、行方不明児童の捜索は今も続いている。
岩手県宮古市の重茂半島では両親と妹が行方不明になった5歳の女の子を取材しており、
覚えたばかりのひらがなで一文字ずつゆっくりと1時間ほど時間をかけ「ままへ。いき
てるといいね おげんきですか」と行方不明のママに宛てた手紙は読んでて涙を誘います。
福島県の富岡町では津波だけでなく原発事故の影響で行方不明者を探しに町に入ることが
できなく家族を守れなかったことと探しにいけない二重の悔しさを抱えていた。
慰霊祭で両親を亡くした男性(48歳)が遺族を代表して弔辞を読んだ。原発事故の影響
で遺体が発見されたのは40日あまり経ってからだった。
「この日本で、両親の遺体がこれほど野ざらしになるとは考えなかった」男性の無念さが
胸に迫ります。
本書に収録された手記は想像をはるかに超える惨状であり,津波で家族を失った人たちの
途方もない悲しみであり、原発事故で着の身着のまま故郷を追われた人たちの深い絶望
です。多くの記者がこの現実に言葉を失い、立ちすくみ、自問自答しながら「伝える」
そして「記録する」ことを胸に刻んで取り組む姿がこの本から感じとれます。