「暴力的な出来事を語ることは可能か」という書き出しで始まる本書の問題意識は、ホロコーストのような出来事と、その出来事を語ること、の格差をどう埋めるのか、ということで一貫している。ホロコーストを伝承する試みに失敗している「シンドラーのリスト」などを批判しつつ、著者は、悲惨な出来事を「是非とも語らなければならない」と言う。そういう語りの可能性としてナショナルな視点などのあらゆる立場を相対化することー著者の言葉では「難民になること」ーが必要ではないか、と結語する。僕が言うと陳腐になる著者の主張も、本書では輝きと深みをもって語られる。本書が良書である理由は、政治的な主張というよりは、著者の文学作品並の的確な言葉使いと、問題意識に対する深い苦悩が現れているところーそれゆえ読者の価値判断を再考させるーだと思う。著者の言葉は、僕の頭のなかにこれかも残存してゆくだろう。