内容(「BOOK」データベースより)
アウシュヴィツの後で歴史は可能か。前著『時間と物語』の思索をさらに深めて、「記憶と忘却」の問題を手掛かりに記憶と歴史、個人的記憶と集合的記憶、赦しと和解などの問題を取り上げ、現代における歴史叙述の可能性にまで及ぶ、壮大な「記憶の政治学」の試み。
内容(「MARC」データベースより)
「記憶と忘却」の問題を手掛かりに記憶と歴史、個人的記憶と集合的記憶、赦しと和解などの問題を取り上げ、現代における歴史叙述の可能性にまで及ぶ、壮大な「記憶の政治学」の試み。
出版社からのコメント
◆アウシュヴィッツの後で歴史はいかに可能か?!◆ 欧米の思想界に巨大な波紋を投じ、日本では2000年に「京都賞」を受賞した大著、読者待望の登場です。 本書は、前作『時間と物語』に欠けていた「記憶と忘却」の問題を手掛かりに、赦しと恩赦、記憶と思い出、文書と証言、個人の記憶と集団の記憶などの問題を、フーコー、セルトー、ブローデルなどの歴史家と「自己内対話」しつつ集中的に論じます。ナチズムの克服は西欧人にとっていまも大問題ですが、アドルノに抗して、「アウシュヴィッツの後でいかに歴史は可能か」を真摯に問う「記憶の政治学」の試みといえましょう。そして日本人にとっても、「戦争の死者をどう弔うか」と関わって、重要な示唆を与えるでしょう。下巻は今年の12月の予定です。また、品切れになっていました『時間と物語』全3巻を9月に重版します。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
リクール,ポール
1913年南仏ヴァランスに生まれる。第二次世界大戦に動員され、1945年まで5年間捕虜収容所生活を送り、その間にフッサール『イデーン1』を仏訳。戦後ストラスブール大学、パリ大学哲学教授を経て、パリ大学ナンテール分校に移る。1970年より20年間シカゴ大学神学部教授を兼任した。現代フランスの解釈学的現象学の代表的哲学者
久米 博
1932年生まれ。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文研究科博士課程満期退学。1967年ストラスブール大学プロテスタント神学部大学院修了。同大学宗教学博士。桐朋学園大学教授、立正大学教授を経て、現在、立正大学講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1913年南仏ヴァランスに生まれる。第二次世界大戦に動員され、1945年まで5年間捕虜収容所生活を送り、その間にフッサール『イデーン1』を仏訳。戦後ストラスブール大学、パリ大学哲学教授を経て、パリ大学ナンテール分校に移る。1970年より20年間シカゴ大学神学部教授を兼任した。現代フランスの解釈学的現象学の代表的哲学者
久米 博
1932年生まれ。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文研究科博士課程満期退学。1967年ストラスブール大学プロテスタント神学部大学院修了。同大学宗教学博士。桐朋学園大学教授、立正大学教授を経て、現在、立正大学講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
本書はテーマと方法によってはっきりと区切られた三部から成る。記憶力と記憶現象とに当てられる第一部は、語のフッサール的な意味で、現象学の庇護のもとにおかれる。歴史に当てられる第二部は、歴史科学の認識論に属する。忘却についての省察で頂点に達する第三部は、われわれ人類の歴史的条件の枠に入る。 各三部は方向づけられたコースによって展開し、そのコースはそのつど三拍子から成る。たとえば記憶力の現象学は慎重に、記憶力の対象、すなわち心がかかえる回想のほうに向けられる分析ではじまり、次ぎにその現象学は回想、アナムネーシス、想起を探求する段階を経て、最後に、所与の記憶力、訓練された記憶力から反省された記憶、自己自身の記憶へと移っていく。 認識論のコースは、歴史叙述操作の三つの局面に応じる。それは証言と記録文書の段階から、説明と理解の形態における「なぜならば」の使用に移り、最後に、歴史家の表象の書記的平面で終わる。 歴史的条件の解釈学もやはり三段階を経る。第一段階は、ある種の知の驕りがさまざまな仕方で犯す歴史的認識の限界に注意を払う歴史の批判哲学、批判的解釈学の段階である。第二は存在論的解釈学の段階で、それは歴史的認識の実在論的条件を一緒に構成している時間化の諸様態を探索することに専念する。記憶と歴史の足もとを掘り下げると、忘却の帝国が開かれる。それは痕跡の決定的な消失の脅威と、アナムネーシス(想起)の資源が保留されているという核心に図らずも分裂している帝国である。 しかし、以上の三部が三冊の本をなすわけではない。三本のマストは、たがいに絡み合ってはいるが、別々の帆をかかげており、三本のマストはただ一度の航海をするべく、同じ船に属しているのである。事実、共通の問題系が記憶力の現象学、歴史の認識論、歴史的条件の解釈学を貫いている。過去の表象という問題系である。その問題は、記憶力の対象面を探求しはじめるや否や、その根本から提起されてくる。すなわち、先在であるという印を押された不在のものが現前として与えられるイマージュ-プラトンからアリストテレスにならってていえば、eikon(似像)-の謎はどうなのか、である。同じ問題は、証言の認識論にも、次に説明/理解の特権的な対象とみなされる社会的表象の認識論にも一貫している。それは社会的表象が歴史的過去を、出来事(evenements)、局面状況(conjonctures)、構造(structures)というように区切る、書記的表象の平面で展開するからである。最初のeikonの謎は、章を追うごとに深まっていく。記憶力の領野から歴史の領野へと移ると、歴史的条件の解釈学にいたって、その謎は頂点に達すぁ