本書は、フランスにファシズムが浸透していたのか否かをめぐる「フランスファシズム論争」の焦点となった「火の十字架団」及びフランス社会党(火の十字架団が衣替えした合法政党、略称PSF)の指導者フランソワ・ド・ラロック中佐を取り上げ、フランスのファシズムに関する集合的記憶を、同時代から現代まで辿ろうとするものである。そして、ラロック=ファシストというイメージが1930年代に形成され、それが集合的記憶として戦後もながらく続いてきたことを明らかにする。
「はじめに」は、以上のような問題関心について。
序章「集合的記憶の中の『ファシズム神話』」は、ラロック=ファシストというイメージの具体的な使われ方とその問題点について。
第1章「左翼の標的」は、ラロック=ファシストというイメージ形成の時点として、人民戦線政府成立までのラロック及び「火の十字架団」の活動とそれに対する左翼の非難について。
第2章「右翼からの憎悪」は、第二次世界大戦前夜までのラロック及びPSFとそれに対する右翼の非難について。
第3章「ヴィシーとレジスタンスの狭間で」は、1943年3月のラロック逮捕までのラロック及びPSFのヴィシー派レジスタンス活動について。
第4章「名誉回復への道」は、ラロックの最期と死後の公式名誉回復までの経緯、そしてラロックに関する誤った表現に対する遺族による反論権行使について。
以下、簡単な批評。
1) フランス現代史全般に共通することだが、アルファベットによる略称が多く登場し、非常に読みづらいことが多々ある。本書もその難点は逃れようがないが、叙述は平易で、注による補足説明もあり、非常に読みやすい。航空機の使用など非常に興味深く読めた。フランスファシズム論争については、著者自身のファシズム論が展開されていないのが残念に思えたが、本書の議論は明確であり、説得力がある。一読を薦めたい。
2) 本書はラロックの伝記的事実を辿りつつ、そのイメージの変遷を辿る、いわば記憶史の方法を取っている。しかし、記憶史の問題点としてしばしば指摘されることであるが、当該のイメージや表象が実際どのように受容されていたのか明らかにはできていない。特に左翼によってラロック=ファシストというイメージが形成、流布されたのは本書が明らかにしている通りだが、それにもかかわらずラロックが多くの支持を集めていたという事実はどのように理解すべきだろうか。大戦間期のメディアにおける誹謗中傷の激しさは自殺者が出るほどであったが、その多くは根拠のないデマであった。そうであるならば、当時の新聞や雑誌の読者は記事をそのまま鵜呑みにしていたとは考えられない。特に、PSF支持者がラロックをどのように理解していたのか興味深い。これらの問題は未解決のままである。