米沢薫氏はドイツ・ベルリンにあるフンボルト大学日本文化研究センターの研究員であるが、これを最大限に活かして関連資料を収集し書かれたのが本書『記念碑論争 ナチスの過去をめぐる共同想起の闘い[1988〜2006年]』である。
ドイツ統一直前の1988年、ナチスによって虐殺されたユダヤ人の記念碑をベルリンに建設しようとする市民運動が西ベルリンで生まれた。やがて、統一されたドイツの首都となったベルリンにおける記念碑建設は、統一ドイツにとって「戦後」の終結を象徴的に表わすものとなり、その意味は一市民運動から統一ドイツの国家プロジェクトへと根本的に変質した。
本書はその記念碑をめぐる論争を、その現在までの主要な流れと論点を当時の資料に即して再構成しようとするもので、特に市民運動による呼びかけから連邦議会での建設決議までの十年に重点がおかれている。本書の特色の一つは記念碑をめぐる論争を、資料に即して再構成するための試みとして、関連文献については抄訳を極力避けて全文を翻訳・掲載していることである。そのため、ドイツの記念碑論争に関する資料集としても有用な内容となっている。
随所に資料の全文が翻訳されているのだが、これは筆者自らが「現在日本で論議の焦点となっている事柄と本質的に関わる」と考えるものを選んだものである。そのため、本書は単にドイツ現代史の1コマを叙述した解説的歴史書ではなく、また記念碑問題についての解答を示す処方箋でもない。ドイツでのさまざまな議論を通じて、過去と向かい合い、これを克服しようとするための共同想起の営みにおいて、必然的に直面せざるをえない普遍的な諸問題を、ともすれば安易な靖国問題解決案に飛びつきかねない日本の読者に対して著者が真摯に問いかけようとする問題提起の書である。
〈記憶〉をめぐる闘争や靖国問題、あるいは国立追悼施設新設問題に関心のある人は必読の書ではないかと思う。