本書は主に、印欧祖語の再建に成果を上げてきた比較言語学のモデルに代わる「断続平衡モデル」の提唱をしている本である。なるほど、このモデルの方が、世界のあちこちに見られる「言語圏」(系統的には関係の薄い諸言語が地理的近接性のゆえに言語的特徴を共有している地域。バルカン半島の言語の類似性や、日本語と朝鮮語の文法が似通っていることなどがそれにあたる)を無理なく取り込むことができる点で優れているように思える。私は印欧比較言語学については二次的な知識しか有していないが、このモデルの方が説得力があるように思い知的刺激を受けた。
しかし、本書が読者により強く訴えかけるのは、現代が著者の言う「断絶期」に当たるにもかかわらず、言語の分裂よりは、大言語の圧迫による小言語の消滅につながっており、言語学者が優先的に取り組むべきなのはそうした危機言語の記述を残すことであるという著者の主張である。新しい言語理論を作って自慢しあうのはいつでもできるという記述はまったくその通りである。その間にも多くの危機言語が消滅していき、そのデータがあればできたはずの言語理論の精緻化・再構築への障害となるだろうことは想像に難くない。
もっとも、一方で、言語理論が脳科学などと結びついて新たな知見が得られているのも事実である。これは先延ばしにしても害はないかも知れないが、失語症などの本質の発見や、場合によっては治療法の開発につながる可能性もある。その意味でこちらも早いに越したことはない。要はバランスの問題であろう。
本書はこれだけの濃い内容を新書という安価な媒体で提供している。訳者の労苦を思うと、これではよほど売れないと割に合わないだろう。この本がこの価格で読めることに私たちは感謝しなければならないと思う。