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インターネットユーザーならば、パソコンやワープロといった機械の助けを借りて文章を打っているはず。機械に打ち込んだ文章が上手く自分の言葉にならないのは、機械とあなたの言葉の世界が違うからかもしれない。
言壺ではワーカムと呼ばれている万能ワードプロセッサーが登場する。ワーカムには文章作成支援機能を持ったAIが搭載されており、何を書きたいのかしつこいほど訊いてくる。意味の通らない文章もAIが自動的に直してくれる。
物語はワーカムを使い「私を生んだのは姉だった」という一文を入力したい小説家解良翔の話から始まる。どう入れようともワーカムがそれを拒否する。 「意味が通りません、意味が間違っています、実はこう書きたいのですか・・・?」
そして何とか「私を生んだのは姉だった」という文をワーカムで固定表示させることに成功する。そのために世界中のワーカムを結ぶニューロネットワークの通常言語空間が崩壊、言葉に支えられていた現実世界が変容していく。 まさに小説でなければ表現できないカタルシス。一度、読んでみて日本SciFi界の元気良さを実感して欲しい。第16回日本SF大賞受賞作。
本書「言壷」も言語と人間との闘いをめぐる近未来小説連作集と呼べるものです。誰しも意思の疎通という日常の目的のために言語を自在に操っているという意識をもっているでしょう。しかし、この短編小説集を読むとそれが錯覚や誤解の類いでしかないという思いに駆られます。
巻頭を飾る短編「綺文」では、人間の自由な発想と豊かな想像の発露として現れる創作的言語活動を、ワーカムという人工知能が非論理的なものとして激しく拒絶するところから始まります。論理を志向する機械知と、想像の翼を大きく伸ばそうとする人智との間で、大きな世界の裂け目が現出するという、著者の雄大で独創的な発想が楽しめる一編です。
その他にもこの短編集で著者は、言語がいともたやすく人間を大きく欺くことのできる様子を提示してみせたり(「戯文」)、言語表現活動が草花のように育ったり枯れたりする物理現象として立ち現れる世界を描いてみせたり(「栽培文」)、聴覚や視覚ではなく嗅覚で認知する言語活動を発想してみせたり(「似負文」)します。
その奇怪な想像の世界に心地よく惑乱させられることができる短編集です。
この短編集が単行本として世に出たのは1994年とのことです。当時はまだインターネットの世界に手を触れる人は多くはなかったでしょうが、これだけのサイバー世界を既に描いてみせていた著者の眼力には脱帽しました。
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