あの鬼才澁澤龍彦氏が現代の「快楽主義の実践者」と称賛した深沢氏のエッセイ集。この場合の「快楽主義」とはエロス的なものに限定されず、"世間的常識に縛られず、自身の思いのままに一瞬々々を生きる様"を言う。例えば、ケネディ大統領が暗殺された際、深沢氏は「原爆を持つ国の政治家が死んだ」と言って赤飯を炊いた由。それと、あの深遠なテーマを持つ「楢山節考」。このギャップや如何に。
前半は日記の形式で、正宗白鳥氏や伊藤整氏等との交流を通し、自らの失敗談を何の奇も衒わずに語る。「そんな、バカなっ」という爆笑エピソードも多いのだが、深沢氏の飾らぬ人柄が率直に伝わってくる。山下清氏のような印象。そんな深沢氏を正宗氏達、文壇の大御所も愛していたようだ。しかし、深沢氏本人の言では人嫌いの筈なのだが、本作を読むと交遊範囲の広さにも驚かされる(石原慎太郎氏、高峰秀子氏等)。
後半はエッセイの形式で、主に母を中心とした家族、昔話が語られる。「楢山節考」は「"おりん"のような老婆が好きで好きで堪らなくて」書いた由だが、この実母に関する記述の多さ、感情の入り方を見れば、「おりん=実母」と捉えるのが自然だろう。そして、"おりん"と辰平の別れのシーンは、母を看取った自身の姿・感情の反映だと思う。
最後の「ポルカ」集は風刺の効いた一連の小品。巧緻な計算が行き届いていて、前半の素朴な日記、その後のシットリとしたエッセイと好対照。深沢氏の多彩な魅力が味わえる好作品集だと思う。