本書のタイトルになっている「反=反相対主義」という論文は、執筆当時(1984年)の学界で大きな勢力があった「反相対主義(普遍主義)」の行きすぎに対する批判として書かれたそうだ。ある文化の価値感を別の文化に単純に当てはめてはならないとする「文化相対主義」について著者は、20世紀前半のアメリカ社会で人種差別に対抗するために生じた考えで、それ自体もひとつのイデオロギーだと、そのままでは賛同しない立場をとる。しかしながら、普遍的価値を持つ制度や思想を生み出し、人類社会に貢献してきたのは西欧近代だけであることを強調し、文化相対主義は人類社会を文化の差異によって分断して自文化に閉じこもり、普遍的価値観の存在を認めないニヒリズムだとみなす「反相対主義」に対しては、容赦なく批判して相対主義的傾向を弁護する。本書のタイトルはこのような著者の複雑な立場を表現するものだ。
ところで著者の提唱する「解釈人類学」は難解だ。中公新書『文化人類学15の理論』によれば「人間は意味を求める動物である」というウェーバーの命題を前提として「文化の分析は法則性を求める実験科学ではなくて、意味を求める解釈科学である」と規定する。そして人間が根源的に求めている認識・感情・道徳などの「意味」と、その運び手としてのモノ・行為・言葉などの「象徴」は固く結びついているが、意味はその象徴に本来内在するものでなく、ある文化がその象徴に押付けているものであり、その意味を解釈することが文化の解釈だと説明される。だからこそ異文化社会を記述するに際しては、共同体成員の行動によって書かれている文化を、できるだけ「厚い記述」によって表現することが必要だと主張されるのだろう。本書は文体が難解とされるギアツの著作のなかでは、講演集ということもあって理解しやすい本だったが、他の著作で具体的な民族誌も読んでみたいと思った。