「まえがき」にあるように、本書の内容は2部に分かれる。第1部では多変数解析函数の局所理論の基礎としてWeierstrassの準備定理の詳細な解説と、その応用として特恵近傍系の存在を示すことを目標とし、第2部では層の理論の基礎から説き起こして、正則函数の層の連接性を経由し、多重円盤上のOka-Cartanの定理A,Bの証明までを目標としている。本文144頁の小さな書物ながら内容は豊富で、精密かつ正確に読者を目的地まで導いてくれる。
多変数函数論の解説書としての本書の特徴は、第1部で詳述される特恵近傍系の存在定理(定理9.4)だろう。特恵近傍系とはその名の通り、それを含む開集合上の正則函数環が大変良い性質(境界まで含めて、環の構造が保たれる)を持つように出来るコンパクト集合のことである。謂わば局所環論の射程を、1点の近傍からコンパクト集合の近傍上の正則函数環に拡大するものだ。ここに見られるWeierstrassの定理の運用はその接方向への拡張も含めて、大変巧妙で面白く、多くの方々の興味を引くことと思う。とくに§3、4で収束べき級数を、係数と次数の多重指数に対する辞書的順序をうまくつかって並べ直し、局所環(C{z}/I)の構造を構成的に次々と明らかにして行くところや、§5でのイデアルの上手い基底を選択して行くところの議論は名人芸の域であり、大そう迫力があって面白い。本書の原案となった第一著者による講義を彷彿とさせるような筆致が楽しいのである。また、一つの命題や定理を述べた後に主張の成り立たない場合の例が随所に挿入されていて、大変参考になる。
老婆心ながら、多変数函数論の入門書として本書を手に取る方々に一言助言すると、本書を始めから逐一読んで行くことはあまりお勧めしない。第1部の後半で第2部で解説される概念や結果を用いる所があり、それゆえ読み方としては最初に第1部§1、2のWeierstrassの準備定理の証明を読んだ後に第2部を通読し、その後に第1部の§3以降を読むという順番が良いと思う。さらに、本書で示される特恵近傍系の存在証明だけではその意義を汲み取り難いので、参考文献に挙げられているA.Douadyの論文(Ann.Inst.Fourier 16 1(1966):この論文の第7章5節に、ある解析空間の有限次元性を示す応用例がある)を併読しながら、第1部の§3以降を研究されると良いのではなかろうか。また、演習問題には本文を補う結果も多く挙げられているので、是非本文の一部として検討して欲しいと思う。
本書を読む場合には、参考文献にも挙げられているGunning-Rossi「Analytic functions in several complex variables」AMS 2009を第2部の、永田雅宜「可換環論」紀伊国屋1974(特に第5章以降の局所環論の本論)を第1部の参考にして読み進むと本書を読む楽しみが一層増すことだろう。著者達が属した代数幾何学京都学派の香りを漂わせる本書は、読者に数学の奥深さを堪能させてくれる、格調高い数学書である。