日本が戦後捕鯨国としての地位を築き上げたものの、IWCを通じていかに包囲されて、アメリカを中心とするモラトリアムという事実上の捕鯨禁止という状況に追い込まれ、そして調査捕鯨という道を選択していったのかがよくわかる本に仕上がっている。
加えて、どうしてクジラは日本の文化と呼ばれるようになったのか、なぜいまだに調査捕鯨と称して大量のミンククジラを捕獲しているのかという背景まで深く掘り下げている。
すなわち、補助金と鯨肉の売上によって賄っているに過ぎない調査捕鯨は、すでに商業的な価値は喪失し、水産庁の遠洋課捕鯨班を中心とする捕鯨サークルである共同船舶と鯨研が存続することのみにその価値はあるに過ぎないと喝破している。
以上の論点を踏まえて、本書の結論は逆説的にモラトリアム解禁を述べている。
そうすれば、自由に捕獲量を決められる調査捕鯨とは異なり、捕獲枠に上限がはめられるのである。
さらには、この国の世論づくりの構図までも明らかにする。
それが、ナショナリズムと結びついた文化と既得権益とは無縁の科学であり、政府の公式見解をそのまま掲載する記者クラブである。
あわせて、捕鯨か反捕鯨かという二項対立の構図は、原発への賛否の構図とよく似た不幸な構図ではないかと感じた。