観光人類学の最先端。近年の学術的成果を批判的に吟味し、著者自身が調べたものも含む多くのフィールド現象を紹介しながら、現代観光研究の状況が示されそのさらなる進化が模索されている。学術書ではあるが他方、観光業界の人々や若い学生などの一般読者も意識してのことだろう、比較的わかりやすく論述されている。
キーワードは、観光をめぐる「真正性」と「ものがたり」。「文化の客体化」や「文化のディスプレイ」に関する論説において、観光化された文化のマガイモノっぷりが指摘され、その「真正性」が問われた。だが、観光における「真正性」とは、観光客に提示されるモノやコトそのものに宿るのではなく、観光客の経験のなかで、あるいは観光をする人たち(ゲスト)と地元で観光を売る人たち(ホスト)との真摯な交流のなかで生きられるサムシング。よって、その経験や交流の質を探求する方法が必要とされる。
そこで「ものがたり」という視点、である。たとえば「おみやげ」を論ずるうえで重要なのは、観光地のイメージ的ステレオタイプや観光地での出来事が凝結したそれを、どのように解凍しうる「ものがたり」がありうるのか、ということ。観光経験を喜ばしく想起させる「ものがたり」を導くものこそが、「真正」な「おみやげ」なのである。あるいは、観光ガイドに求めらるのも「ものがたり」を提供するセンスであって、旅行者が現地で得た体験を、家に帰ってから自分の「もの」として「かたる」ためのガイドができるのが、観光における「真正性」の創造者たるガイドの使命なのである。
地域の伝統が唐突に掘り起こされたり、地域の文脈とはほとんど関係がないような事物が急に当地のシンボルとなったりするポストモダンの時代、観光を考える上で大切なのは、こうした「ものがたり」に生きる観光者たちの実存に他ならない。本書はその「実存的アプローチ」の魅力と可能性を存分に記した好著であるといってよいだろう。