ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ、プンジャジの3人のグルは、ともに人生の目標を「真我実現」とし、「私は誰か?」と問い続けることで「私は在るという自覚」に至り、苦しみから解放されると説く。私は、前記の順で読み進めたが、この順番で「私は誰か?」と問う方法がわかりやすく書かれていると感じた。
マハルシは、16歳で真我を実現したのち、俗世を離れる。マハラジは、中年期を迎えるまで普通の生活を送り、後に家庭と仕事を離れて真我実現に至った。プンジャジは、わずか6歳で光輝く体験をしている。時を経て31歳でマハルシに出会い真我実現を得た。その後、53歳まで家庭と仕事の義務に務め、以降指導に生きた。
マハルシの語る方法論は、私のような凡夫には簡潔すぎて「いかに問うか」が分かりにくい。本の内容からは偉大な聖者であることが理解できる。しかし、恐らくは人生の苦しみを過去世で味わい、今生で経験することなく覚醒したのであろう。凡夫にも分かるアプローチプロセスが聞きたかった。
一方、マハラジは、実に忍耐強く、世俗的な質問に答えていく。500ページを超える本の初めは些か冗長に感じるが、途中から引き込まれていく。マハルシをかみ砕くような語り口が素晴らしいが、もう一つ掴みきれないもどかしさが残る。
プンジャジは、前記2人のグルの方法論を、たとえを使って一層かみ砕くように語る。私は、プンジャジを読んで、マハルシとマハラジの説くことが、霧の晴れるように分かってきた。ただ、「理解」と「真我実現」の間には、大きなギャップがある。「真我実現までは長い時がかかるかもしれないが、変容のプロセスは即座にもたらされる(マハルシ)」。ヒンズーの聖賢が説く目標と方法論を常に意識しつつ、「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」でシュタイナーが説くような、日々の地道で安全な変容への努力の積み重ねもまた大切であろうと思う。