途中、いくつか誤訳らしき部分があるようです。マチアスが妙な部屋を訪れるシーンで、いわゆる紋中紋の手法、女を襲う男のイメージが部屋の絵画に転換する場面があり、この訳ではそれが訳しきれていないようです。絶版ですが、リカルドゥの「小説のテクスト」か何かの引用箇所の野村訳の方が確かなようです。また、旧版では第一部の最後に誤訳らしきものがあり、それは直されているようです。
しかし、望月芳郎による訳ですからね。誤訳にもちょっと味がある気がします。
「一種の遠近観のため、ずっと遠くに見える岸壁は…」
なんて、まともな日本人にはイメージなんてできないし、この日本語を仏語に訳したら作者もよう分からん、でしょうが、なんとなく頭に残ります。まあ、作者は先日死去してしまいましたが。この箇所についても、リカルドゥの理論書が詳しく説明しています。描写が物語の全体を模倣する、尖鋭な紋中紋の手法。
書かれた年代は古いですが、オールドクラシックでもなく、ある意味で畏怖すべき作品。
ドストエフスキーや太宰治、そして小説を読むことがどれだけ無邪気であったかと反省させてしまう作品、でしょうか。近現代小説を「総括」してしまう、そんな作品かもしれません。
ロブ=グリエの死によって、ある意味で重しが取れたのか昨年のノーベル文学賞はル・クレジオが受賞しました。戦後文学の傑作であるばかりでなく、文学のリミットに挑んだ作品。
描写や人物造型が私小説的で、緊張感があり、比較的読みやすいヌーヴォーロマンでしょう。