初めて全巻読破したのは、
20歳の秋から冬にかけての3ヶ月。
10代で読んだドストエフスキー体験と並ぶ、(後にも先にも)読書人生最高の、至福の瞬間でした。(白い装丁の、上下二段組の新潮社版でした)
この鈴木訳は、史上最も読み易く、かつ洗練された日本語だと断言できます。
「スワン家の方へ」さえ突破すれば、 訳文にも慣れ、後は楽ですよ。
一日50頁と決めて浸り切った。
土日など昼夜逆転し、翌朝の社会復帰が大変だった。
膨大な数の人物群が登場してきますが、
この最終巻「見出された時」に到って、
主だった人物達が、虚飾を剥がされた素顔をさらして、
還ってくるのです(永遠回帰!)。
「話者」の前に。
よく言われることですが、
「時間」が真の主人公だった、と気付かされるのです。
その時の、身震いするような感銘は、後にも先にも初めての「経験」だと証言できますよ。
リアルタイムでの、読み手たる自分の人生を流れた時間にも想いはゆくわけですからね、当然。
「失われた時を求めて」全巻は、人生の真実を覗く装置ですね、子供が覗く万華鏡のような。
どうぞ、何度でも、味われんことを。