先日、著者の岩下尚史さんがTVで「恋愛なんて幻想ですから、誰と付き合ったって一緒」というようなことをおっしゃっていました。
そんな著者がしっとり美しい言葉遣いで描き出した、今からおよそ60年前の日本、当事戦後復興や朝鮮特需などの影響で大繁盛していた料亭の娘、豊田貞子さんと故三島由紀夫の4年近くに渡る恋愛模様、逢瀬の記憶です。
二人の心模様だけ描き出したのなら、平凡な恋愛小説でしかない本作を特別な恋愛小説に変化させている要素はまず、主人公の満佐子(豊田貞子)の生まれ育ちの環境が稀有に豪華なこと。
当時19、20歳の満佐子の生活を追った描写には、極庶民の私には仰天の連続です。
毎日銀座の美容院へ行き髪を結う(日髪)、足袋は履き捨て、着物は二日と同じ物を着ない、着物は絵柄や染の注文を毎日呉服屋へ指示、なんやかんやの和装小物を季節ごとに京都から取り寄せる、それらはすべて極上品、もちろん家事などしたことは無く、身の回りのことは女中がしてくれ、電話など直接受ける事もなく、財布にピン札が10万常備(当事の8万円が現在の100万円だそうです。)。
大きな財力にがっちりと守られながらも水商売の家庭だから放任されてのびのび自由に、その間に様々な大人の色々も目の当たりにする。
三島が外国へ誘っても、結婚を望んでも即答で却下、外の世界になんぞそう簡単に興味は持てない。
著者は彼女の事を「半玄人」と形容しています。
玄人はお金で言いなりになる。素人は相手を楽しませる技術も知識も経験も無くつまらない。
満佐子はあらゆることに酷く満たされていて、三島の思いどうりに決してならない。
小説執筆に戯曲制作と稽古、歌舞伎の台本書きや筋トレ(耽美派だから)と忙しくしながらも4年近くの間ほぼ毎日満佐子を呼び出し、デートを重ねていた三島の体力に驚かされるが、それに合わせて毎日豪華に着飾り出かけていった満佐子も凄い。
この作品の魅力は、二人の財力と体力のエネルギッシュなパワーを感じる事。
裏話で、三島由紀夫は彼女と付き合うために、週あたり現在の価値で100万円ほど借金をしていたそう。
きれいに身なりを整え、芝居やナイトクラブに高級な料理、移動はもちろん全て車。
潤沢にお金をかけて二人の時間を甘美なものにする様子に「これが恋愛をするということか」と学ぶ事が多い。
三島由紀夫について知る貴重な文献になるかどうかは、どうでしょうか。。。
三島の恋愛の仕方に特別なものなどなにもない、自己中で柔軟性の無い男というだけですから。よくある感じ。
しかし、三島が恋愛に対してのみならず、いろいろな物事に対して、満佐子に挑んだように盲目的に自力を遥かに超えた力で向かって行って、彼の思い描いたとおりにならなかった経験を、「敗北」や「失望感」「絶望」として積み重ねていってしまったら、あのような最後につながっていくのかな・・・・と感じたり。
最後、満佐子にフられて数年後、自身も別の人と結婚をしたのにまだ満佐子に未練たらたらな三島に"Take it easy"と言ってやりたい。
満佐子が三島とずっと一緒に居ようと思えなかった理由は、三島が満佐子に対して個人として向き合っていなかったからだと思う。
三島は満佐子を取り囲んで守っている大きな力(社会の権力や一流な物事とのつながりが醸しだす豊潤なオーラ)になにか夢を観ていたのだと思う。
だから本作は「恋愛なんて幻想」の骨頂のような話。
ともかく、私はとても楽しめました。「ヒタメン」の方も読むのが楽しみです。
花柳界に明くない方は、この本を読む前に「名妓の資格」を読んで、花柳界の段取りやものの呼び名などさらった方がより楽しめるかと思います。