気付けば「見仏記」も、断続的とはいえ、20年近く続いていることが、本書の中で分かる。
和辻的なものだけが正統・高尚とされていた感のあった仏像やお寺との関わり方が、いまでは多様になっている、あるいはカジュアルにブームになっている。全てが、みうらさん・いとうさんのおかげとは言わないが、見仏記の影響・存在というのは決して小さくない。
本書の中で たびたび出てくるのだが、お寺で お坊さんに「いつか来ると思っていました」と迎えられ、受付の人に「見仏ですね」と言われ、お堂の中で名も知らぬ老婆に拝まれる。そこでは、二人は芸能人としてではなく、仏界への伝道師あるいは、ひょっとして、上人のように思われているのではと感慨深くなった。
仏像やお寺好きには、ガイドブックとしても、また、両氏の深く濃い造詣を堪能できるのだろう。
恥ずかしながら、私は仏像にもお寺にも全く明るくないが、不思議なもので、それでも、「見仏記」を読むと、両氏と同じ空間で、同じ見仏をしている気になってくる。「みうらさんが何か言ってるぞ」「いとうさん、それは思い込み激し過ぎ」なんて思いながら、バーチャルな旅をする。
テレビやネットで、いくらでも映像で仏像やお寺を観ることも出来るのだろうが、なぜか いとう文・みうら絵が 一番伝わるように思えてならない。