この本の中で面白いのは草間彌生との対談である。
途中で草間は「この対談を降りたい」という。
その理由として、隠遁者のような生活をしている自分とマスメディアに頻繁に登場している横尾は違いすぎる、とか、
横尾は子供の頃から模写をしていたといっているが草間は子供の頃からオリジナルを作成していた、とか1960年からどうしようもない日本の画壇ではなく、
最先端のNYで本当に新しいことをして認められていたのは草間だとか、を挙げる。編集者の取りなしも空しく、草間はとうとうこの対談を降りてしまう。
言葉通り横尾への嫌悪感とも考えられるが、ライバル意識かもしれないし、嫉妬かもしれない。
いずれにせよ「ピカソもウォーホールも出し抜いて世界一になりたい」という草間彌生が、横尾を無視できなかったということだろう。
興味深いやりとりではある。
もう一つは黒沢明との対談。
「男の母性本能をくすぐる横尾ちゃん」と和田誠がいっているが、横尾は、淀川長治との対談もそうだが、
年上の男との対談で聞き手に回ったときに本領を発揮する。ここでは黒沢は非常にいい気分で語っており、横尾も黒沢の映画を誉めあげる。
このあたりは村上隆が同じ黒沢映画を評して、
「完璧主義を貫徹させるためにすべてを賭ける。ぴちっと構築されているけど、どうも今ひとつ観る者のハートを刺激しないというか」云々といっているのと対照的でおもしろい。
この本は横尾が四〇代の頃のもので、若い頃と同じように霊感や幽体離脱、エイリアン、UFOとの接触等々を語っており、後年自ら批判しているように、
そういうものをもっている者は特別なのだ、という臭みが強く漂っていて読んでいてあまり心地いいものではない。