内容紹介
西田幾多郎の一通の書簡を糸口にして、西田の主権論ないしは国家論を再考しようとしたこの本には、公然・暗黙の二つのねらいがある。ひとつは、とかくイデオロギー的な裁断ですまされがちな西田の晩年の思考を、法と国家の定礎という普遍的な法論議のコンテクストに置き直し、「絶対無」や「絶対矛盾的自己同一」といった西田固有の用語をベースに呈示されたその主権論が、実は何を課題としていたのかを明らかにすること。もうひとつは、その作業の前提ともなることだが、西洋的伝統から生まれた法体系や国家の理論を導入しながら、天皇という特異な存在を軸に国家体制をしつらえた日本で、その継受がどのような問題を孕んでいたのか、そしてそれが全面戦争とその敗北という「例外状況」の中でどのようなかたちで噴き出たのかを洗い直すことである。このことは、グローバル化によって国家の枠や法の根拠が流動化する現代の世界、とりわけ憲法論議をひかえた日本の現状にあって、少なからぬ意味をもつものだろう。
この作業のために著者は、近代における法と国家の定礎の課題、そしてそれに連なる主権の問題系を、ジャン・ボダンからカール・シュミットあるいはフーコーまでたどって素描し、明治憲法の制定期におけるローレンツ・フォン・シュタインや井上毅ら日本の理想家たちの議論の要所を描き出す。ときに一見、迂遠とも思えるこの作業は、しかし西田が取り組んだ課題の歴史的・論理的コンテクストを明らかにし、それを普遍的問いのなかに位置づけるのに役立っている。またそこには、法思想・法制史から哲学にわたる著者の該博な知識と、この課題に取り組むための並々ならぬ理論的準備がよく示されている。
この本の結論は「結」の最初の10行ほどにきわめて凝縮したかたちでまとめられている。その論議を導いているのは、著者がピエール・ルジャンドルから学んだ法の根拠に関する問いと、国家の定礎とそれに関わる第三項の機能に関する論理だが、その観点を西洋法体系の継受の上に立つ日本の国家論や法思想の解明に生かすことで、この本はルジャンドルの仕事がもつ意義を証する優れた成果ともなっている。西田研究、法思想研究の枠を越えて、現代の知的課題に真摯な関心を抱く人びとに広くこの本が読まれることを切望している。
内容(「BOOK」データベースより)
1941年の西田の田中宛書簡(新資料)から、全面戦争に突入する危機の時代に、西田の法あるいは国家の正統性をめぐる探求を跡付ける。グローバル化による国家の枠組みの世界的な流動化、憲法論議をひかえた日本の現状を考察するうえでの貴重な視座を提示。