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「いま、こうしてわたしの生活が西瓜糖の世界で過ぎてゆくように、かつても人々は西瓜糖の世界でいろいろなことをしたのだった。あなたにそのことを話してあげよう。わたしはここにいて、あなたは遠くにいるのだから」
これが本書の始まりの文章。見事だと思う。そうかもしれない、と思う。ぼくも、かつては西瓜糖の世界で暮らしていたのかもしれない、と。それはとても素敵なことだったのかもしれない。そして、いまは遠くにいるのかもしれない、と。自分にとって大切なことを思い出させてくれる本、だと思います。
当時私がこの本を、そして著者の書いた他の本をとったのは、英語が簡単、そして長くない、というのがその理由だったけれど・・・、非常に平易な文章でこれだけの世界を作り上げられるのか、とびっくりしたものです。$N~~$
彼がこの本での書いた世界を無理に例えて言えば、モロッコのマラケシュや、ネパールのカトマンドゥ、はたまたペルーのクスコなどでしばらく沈没して、その街の物語にとけこんでしまったときの感覚と言えば、言えるのでしょうか。
村上春樹、村上龍の両村上をはじめとして、日本の現代文学にさりげなく大きな影響をあたえているリチャード・ブローティガ~~ンの本を是非読んでいただきたいとおもいます。しかし、初期の代表作である「Trout Fishing in America(アメリカの鱒釣り)」、「Abortion(愛のゆくえ)」とこの「In Watermelon~~ Sugar(西瓜糖の日々)」以外の作品は、日本でもアメリカでもあまり読むことができない現状はさびしい限りです。やはり、80年に登場したレーガン以降の強きアメリカを無理でも標榜する時代と確執があるのかもしれません。(さて、半日かけてでも、押し入れのなかにねむっている、彼の書いた作品たちをひっぱりだしてくるかな・・・。すでに黄ばんではいるだろう~~けれど)
この作品は中沢新一氏の「緑の資本論」など一連の対称・非対称を論じた本とあわせ読むと面白いかもしれないと感じました。~
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