文化人類学を多少なりとも学んだ人で、トロブリアンドという島の名と、『西太平洋の遠洋航海者』という書名を聞いたことのない人はあるまい。
それもそのはず、本書は文化人類学を歴史学の軛から解放し、フィールドワークに基づく民族誌を共時的視点において考察するという、現代文化人類学の方法的フォーマットを創造した記念碑的著作だからだ。そして言うまでもなく「機能主義人類学」を確立した著作でもある。そして、この書をじっくり読めば、機能主義が実のところは心理学的な文化理解であることがよく分かる。文化の機能は心理に作用する。それが機能主義的思考の核でもあり弱点でもある。
とは言え、人類学関係の多様な文献で引用されるトロブリアンド諸島がいかなる場所であるか、そして「クラ」が具体的にはどのようなものであるかを知るには最適の書。また、フィールドワークにおいて記述すべきは何であり、どのように書くかということの最適な手本でもあるだろう。
ただし、これは中央公論社『世界の名著 マリノフスキー/レヴィ=ストロース』に収められた『西太平洋の遠洋航海者』の再編集版である。中央公論社版そのものが抄訳であったのだが、この学術文庫版はそれよりもさらに短い(中央公論社版の第一章が削られている)のは実に残念である。改めて抄訳版を出すくらいなら完訳版を出して欲しいものである。
さらに中沢新一による解説も良くない。外側よりも内側だ、リニアより螺旋だと、自らの愛する「目に見えないもの」を求めての、相変わらずの空疎なレトリックが踊るだけの文章である。
ところで、どうでもいいことだが、慣習的な表記としての「マリノフスキー」ではなく「マリノフスキ」と表記するのはいかなる拘りであるのかを知りたい。「マリノフスキ」ではどうにも据わりが悪い。